「来られない」構造から考える文化財行政の人材問題

SNS上で、自治体職員とみられるアカウントの投稿が話題になっていた。

「学芸員を募集したが、応募がなかった」

その投稿には、多くの反応が寄せられていた。

資格は持っている。しかし、その給与水準では生活が成り立たない。
大学院まで進み、専門性を身につけても、任期付きや非正規雇用では将来設計が難しい。
あるいは、「学芸員になりたかったが、就職氷河期の頃は募集自体がほとんどなかった」という声もあった。

感情的な表現も少なくなかったが、単なる不満として片付けられる話ではない。

そこには、長年積み重なってきた文化財行政の構造的な問題が表れている。

本稿では、「学芸員が来ない」という現象を、単なる人手不足ではなく、専門人材の維持と継承という観点から整理してみたい。

「来ない」のか、「来られない」のか

まず、問いの立て方を変える必要がある。

本当に、文化財分野を志望する人材が減ったのだろうか。
それとも、志望しても働き続けられる条件が整わず、その結果として現在の状況が生まれているのだろうか。

1990年代後半から2000年代にかけて、多くの自治体では財政悪化や行政改革の影響を受け、専門職員の採用が抑制された。これは、いわゆる就職氷河期の時期とも重なる。

文化財行政や博物館分野を志望していても、採用枠そのものが少なく、別の職業へ進まざるを得なかった人材は少なくない。

現在、埋蔵文化財行政や博物館現場では、「中堅世代が少ない」という声を耳にすることがある。若手と定年前後のベテランの間が薄く、現場を支えるべき年代の層が十分に形成されていない、という感覚である。

これは個人の努力不足ではなく、採用が継続されなかった時期が存在した結果とも言える。

専門職は、採用を止めればすぐに断絶する。数年採らなかっただけでも、十数年後には中堅層の不在として現れる。

文化財行政は、その影響を現在になって受け始めている。

数字が示す埋蔵文化財行政の変化

こうした変化は、文化庁の統計資料にも表れている。

文化庁「埋蔵文化財関係統計資料 ―令和7年度―」(令和8年3月)によれば、全国の埋蔵文化財専門職員数は平成12年度に7,111人を記録した。その後減少傾向が続き、令和7年5月時点では5,571人となっている。内訳は、都道府県1,693人、市町村3,878人である。

ピーク時から約1,540人が失われた計算になる。

一方で、発掘届出等の合計件数は令和6年度で78,368件となっており、業務量そのものが大きく減少しているわけではない。

つまり、「人が減り、仕事は減っていない」という構造が、統計上も確認できる。

さらに重要なのは、その内訳である。

近年は、会計年度任用職員や任期付き職員への依存が進んでいる自治体も少なくない。統計上は「専門職員数」として計上されていても、数年で任期が終了する場合、継続的な知識蓄積は難しい。

埋蔵文化財行政は、単純な作業労働ではない。

遺構や遺物の理解だけでなく、地域史、過去の調査履歴、収蔵状況、報告書との対応関係など、多くの情報を長期的に把握しながら業務を行う必要がある。

しかし、担当者が短期間で入れ替われば、その蓄積は継続しにくい。

人員の「数」だけでは見えない問題が、そこにはある。

「経験者が欲しい」が、経験を積めない

もう一つ、埋蔵文化財分野には独特の難しさがある。

多くの自治体では、採用時に発掘調査経験や報告書作成経験を求める傾向がある。少人数体制の現場では、採用直後から一定の実務能力が必要になるためである。

その事情自体は理解できる。

しかし、文化庁「適正な埋蔵文化財行政を担う体制等の構築について」(平成26年報告)では、大学で発掘調査経験を積む機会が限られていることや、実践的な人材育成体制が十分ではないことが課題として挙げられている。

つまり、現場は経験者を求めるが、その経験を積める場が不足している

採用されなければ経験が積めない。
しかし、経験がなければ採用されにくい。

この循環の中で、資格を取得しても文化財分野から離れていく人材が積み重なってきた。

SNSで見られる「あの時採用されなかった」という声は、単なる感情論ではなく、この構造の中で生まれている。

専門性に見合う処遇になっているのか

ここで、待遇の問題にも触れなければならない。

専門人材の確保を本気で考えるなら、給与水準や雇用形態の見直しは避けて通れない。

発掘調査経験や報告書作成経験を求めながら、任期付き・低水準の待遇で募集を続けても、人材が集まりにくいのは当然である。

文化庁の令和6年度講習会資料でも、発掘調査の現場環境や労働条件の改善は課題として挙げられている。これは単に作業環境の問題にとどまらない。専門職として働き続けられる条件を整えなければ、人材の確保も定着も難しくなるということである。

文化財行政を担う職員は、単に「文化財が好きな人」ではない。

発掘調査、法令理解、資料管理、報告書作成、保存処理、住民対応など、多岐にわたる専門業務を担っている。自治体によっては、開発事業との調整や事業者対応まで担当する場合もある。

しかし、文化財行政は自治体内部で優先順位が高い分野とは言い難い。

福祉、防災、子育て、インフラ整備と比べれば、文化財予算や専門職員の配置は後回しになりやすい。

しかも文化財行政の問題は、すぐには表面化しない。

整理遅延、台帳不整合、未報告資料、引継ぎ不足といった問題は、数年から十数年かけて徐々に蓄積していく。そのため、危機が見えにくいまま、人員削減や非正規化が進みやすい構造がある。

ここで問われるのは、応募者の意欲ではない。

専門職員が減り、届出件数は高水準のまま、少人数配置の自治体が多く、採用後の離職も一定数生じている。さらに、待遇や労働環境の改善も課題として示されている。

こうした状況でなお、「募集したのに来ない」とだけ言うのであれば、それは人材側の問題ではなく、受け入れる側の条件設計を見直すべき段階に来ているということではないか。

「文化財が好きな人なら来てくれる」という前提は、すでに成り立たなくなっている。

文化財行政は、専門職の善意や使命感だけで維持できる段階を過ぎつつある。

問題は「人数」だけではない

文化財行政の人材問題は、単に「人が足りない」という話では終わらない。

むしろ深刻なのは、知識や判断が個人に依存しやすいことである。

文化庁「埋蔵文化財専門職員の育成について」(令和2年3月)では、市町村における埋蔵文化財専門職員の配置状況について、1〜2名配置の自治体が40.9%、3名配置が21.1%とされている。

多くの自治体では、少人数体制で日常業務を回している。

その中で、担当者は長年にわたり地域の情報を蓄積していく。

どの遺物がどこに保管されているか。
過去の整理作業はどこまで終わっているか。
古い台帳と現在の収納状況に差異はないか。
未報告資料は残っていないか。

そうした情報は、本来であれば組織として共有されるべきものである。

しかし現実には、個人の経験や記憶に依存している場面も少なくない。

担当者が異動・退職した後、「台帳は存在するが現状と一致しない」「資料の所在確認に時間がかかる」「前任者でなければ経緯が分からない」といった状況が生じることがある。

文化庁資料では、埋蔵文化財専門職員の採用後3年以内離職率について、令和元年度18.7%、令和2年度11.5%、令和3年度11.2%という推定値も示されている。

採用できるかどうかだけでなく、採用した人材が現場に定着し、経験を積み重ねられるかどうかも課題になっている。

もちろん、全国の自治体が同じ状況というわけではない。丁寧に管理体制を維持している自治体も存在する。

ただ、人員削減と継続性の低下が進む中で、知識継承の問題が顕在化しやすくなっていることは否定できない。

文化庁の資料でも、専門人材の継続的な確保や、行政体制の維持の重要性は繰り返し指摘されている。

持続可能な文化財行政とは何か

文化財を守るというと、遺物や建造物そのものに意識が向きやすい。

しかし、実際には、それを扱う人材や運用体制が維持されなければ、保存も活用も成立しない。

たとえば、収蔵資料の整理状況が担当者個人にしか分からない状態では、異動や退職が発生した瞬間に業務は停滞する。

未整理資料の有無が把握できない。
台帳更新のルールが共有されていない。
写真データと実物資料の対応関係が不明確になる。

そうした状態が続けば、現場は「判断できない」状態へ近づいていく。

近年、文化財行政ではDX推進やデータベース整備の必要性も議論されているが、本質は単純なデジタル化ではない。

重要なのは、「誰か一人だけが分かっている状態」から脱却できるかどうかである。

専門知識を軽視するという意味ではない。むしろ逆である。

専門性が重要だからこそ、その知識を継続的に引き継げる仕組みが必要になる。

ベテランの退職は続く。
知識は、人とともに現場を離れていく。

その一方で、現場では「誰に相談すればよいのかわからない」という声も少なくない。

文化財行政に必要なのは、専門職員を増やすことだけではない。判断や知識を個人の中だけに閉じ込めず、必要な時に相談でき、引き継げる環境をどう維持するか——その仕組み自体が問われている。

「募集しても来ない」という声の背景には、単なる人手不足ではなく、専門的な知識と経験をどのように継承していくのかという、文化財行政そのものの課題が横たわっている。

参考資料

文化庁「埋蔵文化財関係統計資料 ―令和7年度―」(令和8年3月)

文化庁「適正な埋蔵文化財行政を担う体制等の構築について」(平成26年10月)

文化庁「埋蔵文化財専門職員の育成について」(令和2年3月)

文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題 令和6年度講習会版」

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