法律に明記されていない「原因者負担」の成り立ち

埋蔵文化財包蔵地で開発事業を行い、遺跡を現状のまま保存できない場合には、記録保存のための発掘調査が行われる。

その費用については、発掘調査の原因となった開発事業者が負担する「原因者負担」が原則であると説明されることが多い。

自治体の文化財担当者にとっては、日々の事業者協議の中で繰り返し使う、なじみのある考え方だろう。

しかし、文化財保護法を確認すると、

「開発事業者は、発掘調査費用を負担しなければならない」

という規定が、そのまま条文に書かれているわけではない。

それでは、現在の原因者負担は、何を根拠として運用されているのだろうか。

原因者負担の仕組みは、文化財保護法の一つの条文によって完成したものではない。高度経済成長期の大規模開発を背景に、文化財保護委員会の通知、公共事業者との覚書、文化財保護法の改正、行政指導、裁判例などが積み重なり、現在の形へと定着してきた。

今回は、その経緯を整理する。

文化財保護法に書かれていること

文化財保護法では、周知の埋蔵文化財包蔵地で土木工事などを行おうとする場合、民間事業等については事前の届出、国の機関等が行う事業については事前の通知が必要とされている。

現在の文化財保護法第93条は民間事業等に伴う届出、第94条は国の機関等が行う事業に伴う通知について定めている。

届出や通知があった場合、文化財保護法に基づき、埋蔵文化財の保護に必要な指示や協議等が行われる。協議の結果、遺跡を現状のまま保存できない場合には、工事に先立って発掘調査を行い、図面、写真、出土品、報告書等によって記録を残す「記録保存」が行われる。

埋蔵文化財包蔵地で工事を行う際の届出・通知や、埋蔵文化財を保護するための措置、記録保存のための発掘調査には、文化財保護法上の制度的な根拠がある。一方、その調査費用を事業者が負担する仕組みは、法律の条文だけで完結しているわけではない。

文化庁の現在の説明でも、記録保存調査の経費について、事業者に負担を「命じる」とは表現せず、「開発事業者に協力を求めています」としている。

高度経済成長期に生まれた事業者負担

現在の事業者負担の出発点として位置付けられているのが、昭和39年2月10日付けの文化財保護委員会通知、

「史跡、名勝、天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」
文委庶第14号

である。

昭和39年は1964年、東京オリンピックが開催された年である。

この時期、日本では道路、鉄道、住宅団地、公共施設、都市開発などの大規模事業が急速に進められていた。開発予定地に遺跡が含まれる事例も増え、文化財の保存と国土開発をどのように調整するのかが、現実の行政課題となっていた。

文化財保護法はすでに存在していたものの、急増する開発事業に対して、

  • どの段階で開発部局と文化財部局が協議するのか
  • 遺跡を保存できない場合に誰が調査するのか
  • 発掘調査費用を誰が負担するのか

といった具体的な運用は、十分に整っていなかった。

そこで昭和39年通知では、関係省庁に対し、埋蔵文化財包蔵地等の取扱いについて大きく三つの考え方が示された。

第一に、埋蔵文化財包蔵地等は、原則として事業計画から除外し、現状のまま保存すること。

第二に、やむを得ず事業計画から除外できず、現状保存が不可能な場合には、次善の策として発掘調査を行い、記録を保存すること。

第三に、その発掘調査は事業者の負担で行うこと。

文化庁の令和3年の調査研究委員会報告でも、この昭和39年通知が、開発事業に伴う発掘調査と費用負担の出発点として整理されている。

ここで重要なのは、事業者負担だけを切り離して理解しないことである。通知が最初に示した原則は、発掘調査をして遺跡を壊すことではなく、事業計画を変更してでも現状保存することであり、事業者負担による発掘調査は、それがどうしてもできない場合の「次善の策」として位置付けられていた。

原因者負担は、単に「遺跡があれば開発者が費用を払って掘る」という仕組みとして始まったのではなく、まず保存を検討し、それが不可能な場合に限って、開発によって失われる遺跡の記録を事業者負担で残すという、保存と開発の調整方法として生まれたのである。

公団等との覚書によって具体化された運用

昭和39年通知が出された後、文化財保護委員会等は、大規模開発を行う公共的な事業主体との間で、埋蔵文化財の取扱いに関する覚書を締結していった。

昭和40年には日本住宅公団、昭和41年には日本鉄道建設公団、昭和42年には日本国有鉄道および日本道路公団との間で、順次覚書が交わされている。

このことからも、原因者負担の仕組みが、当初から現在のような民間開発全般を対象とする統一制度として完成していたわけではないことが分かる。

最初に想定されていたのは、住宅団地、高速道路、鉄道など、高度経済成長期の大規模な公共開発であった。

通知だけでは処理しきれない実務について、個別の公共事業者との覚書によって、

  • 事業計画の事前協議
  • 遺跡の取扱い
  • 発掘調査の実施
  • 調査費用の負担

などを具体化していったのである。

このように、原因者負担は、法律によって一度に制度設計されたものではなく、現場で発生する開発と保存の衝突を処理するために、通知と覚書を重ねながら形成された。

昭和50年改正で法制化されたもの、されなかったもの

昭和50年には、文化財保護法の大きな改正が行われた。

この改正によって、国の機関等が周知の埋蔵文化財包蔵地で事業を行う場合の通知や、文化財保護部局との調整に関する仕組みが法律に組み込まれた。現在の文化財保護法第94条につながる制度である。

言い換えれば、公団等との覚書や、それまでの行政実務の中で行われてきた「開発事業を実施する前に文化財部局と協議する」という手続の一部は、昭和50年改正によって法制化された。しかし、発掘調査費用を事業者が負担すること自体は、この改正でも明文化されなかった。

この違いは重要である。現在の原因者負担について、「文化財保護法に基づく制度」と説明することは間違いではない。発掘調査を必要とする保護措置や、事業者と行政との協議は、文化財保護法を基礎としているからである。一方で、「文化財保護法に、事業者が費用を負担する義務が明記されている」と説明するのは正確ではない。

民間開発にも広がった原因者負担

公共事業との調整から始まった事業者負担は、その後、民間開発にも広く適用されるようになった。

昭和56年の文化庁通知「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」や、平成10年の文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」などを通じ、都道府県教育委員会等が開発事業者に発掘調査費用の負担を求める運用が整理されていった。

平成10年通知では、埋蔵文化財は国民共有の財産であり、本来は現状保存することが望ましいこと、開発事業によって現状保存できなくなる場合には、その原因となった事業者に記録保存調査への協力を求めるという考え方が示されている。

現在は、民間事業であれば民間の開発事業者、公共事業であれば道路、河川、建築等を所管する公共事業部門が、それぞれ開発事業費の中から発掘調査費用を負担する運用が一般的である。

したがって、「公共事業の発掘調査費は公費だから、原因者負担ではない」というわけではない。

文化財担当部局が文化財保護予算として負担するのではなく、道路や施設を整備する事業部門が、開発の原因者として事業費から負担するのであれば、仕組みとしては原因者負担である。

ただし、個人が営利を目的とせず行う住宅建設など、事業者に調査費用の負担を求めることが適当でない場合には、国庫補助等の公費によって発掘調査を行う制度も設けられている。

つまり、すべての発掘調査が一律に事業者負担となっているわけではないものの、開発事業に伴う記録保存調査については、民間・公共を問わず、事業を行う側が費用を負担することが現在の基本となっている。

裁判所は原因者負担をどう判断したのか

原因者負担の実務を支えてきたものの一つに、裁判例がある。

府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件に関する東京高等裁判所昭和60年10月9日判決では、埋蔵文化財包蔵地で開発を行う事業者に対し、発掘調査費用の負担を求める行政指導が争われた。

裁判所は、行政指導そのものには法的な強制力がないことを前提としながら、埋蔵文化財包蔵地には文化財保護のための公共的な制約が内在しているとした。

そのうえで、発掘調査の指示が文化財保護法の趣旨を逸脱するほど不当なものでなく、費用負担が不当に過大でなければ、事業者が一定の経済的負担を負うことは受忍すべき範囲にあると判断した。文化庁の令和3年報告でも、この判決は、開発事業者に一定の負担を求めることが認められた裁判例として整理されている。

ただし、この判決も、「文化財保護法に事業者の費用負担義務が定められている」と判断したわけではない。行政指導として費用負担を求めることが、一定の条件のもとで違法・不当ではないと判断したものであり、原因者負担という法定義務を新たに作ったのではなく、通知と行政指導によって形成されてきた運用に一定の合理性を認めたと理解する方が正確である。

原因者負担には根拠がないのか

ここまでの経緯を踏まえると、

「原因者負担には法律上の根拠がない」

とだけ説明するのも正確ではない。

現在の原因者負担は、次のような制度と実務の積み重ねによって支えられている。

  • 文化財保護法に基づく届出・通知と保護措置
  • 昭和39年通知
  • 公団等との覚書
  • 昭和50年の文化財保護法改正
  • 昭和56年、平成10年等の文化庁通知
  • 都道府県・市町村の要綱や取扱基準
  • 行政指導
  • 裁判例
  • 長年にわたる実務慣行

一方で、

「文化財保護法に、原因者負担が明記されている」

という説明も正確ではない。

原因者負担は、文化財保護法に明記された単純な金銭支払義務ではない。

文化財保護法に基づく埋蔵文化財保護の仕組みを土台として、通知、覚書、行政指導、裁判例、長年の実務によって形成され、定着してきた制度である。

制度の成り立ちを確認する意味

原因者負担は、すでに60年以上にわたり運用されている。

自治体の文化財担当者にとっては、あまりにも日常的な仕組みであるため、その成り立ちを改めて確認する機会は少ないかもしれない。

しかし、成立過程をたどることで、現在の制度が持ついくつかの特徴が見えてくる。

第一に、本来の原則は、発掘調査を行って遺跡を失うことではなく、事業計画から除外して現状保存することであった。

第二に、事業者負担による記録保存調査は、現状保存ができない場合の次善の策として始まった。

第三に、費用負担は、文化財保護法の条文だけで直接定められたものではなく、高度経済成長期の開発事業との調整の中で形成された。

こうした経緯を確認することは、現在の実務を否定するためではない。

事業者に費用負担を求める際、その根拠や性質を正確に説明するためにも必要である。また、どこまでを事業者負担として求めるのか、どのような手続で合意を形成するのかを考える際にも、制度が行政指導と協力を基礎として成立していることを理解しておく意味は大きい。

原因者負担を「昔からそうなっているから」とだけ説明するのではなく、現状保存を原則としながら、開発との調整の中で生まれた仕組みとして捉え直す。

それが、現在の埋蔵文化財行政を、より正確に理解する第一歩になるのではないだろうか。

参考資料

  • 文化庁「埋蔵文化財」
    https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/maizo.html
  • 文化財保護委員会「史跡,名勝,天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」昭和39年2月10日付け文委庶第14号
     ※全文は下記・文化庁令和3年報告内に引用されている形で確認
  • 文化庁「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」昭和56年2月7日付け庁保記第11号
     ※下記・平成10年通知内での言及により確認
  • 文化庁「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(通知)平成10年9月29日、庁保記第75号
    https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/hokoku_03.pdf
  • 文化庁「道路事業に伴う発掘調査の位置づけと発掘調査費用について」(報告)令和3年11月30日
    https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/93600501_01.pdf
     ※昭和39年通知の全文引用、覚書の年次、昭和50年改正の内容、東京高裁判決の位置づけ等
  • 東京高等裁判所昭和60年10月9日判決(府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件、判例時報1167号)
     ※事件名・判例誌の書誌情報は下記・日本不動産学会誌の論文で確認
  • 「埋蔵文化財包蔵地における土地利用減退の推計」『日本不動産学会誌』第30巻第3号(2016年)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/30/3/30_25/_pdf
     ※府中市事件の事件名および判例掲載情報(判例時報1167号)の確認に使用

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