発掘調査の現場では、熱中症、転倒・滑落、掘削面の崩壊、重機との接触など、屋外作業に特有の危険が日常的に存在している。 それにもかかわらず、文化財の現場では、安全管理がどこか「建設業の話」として扱われ、自分たちの課題として十分に捉えられていない場面がないだろうか。とくに自治体の文化財課が主体となって発掘調査を行う場合、この認識のずれは見過ごせない。発掘調査は建設工事ではないが、人が働く現場であることに変わりはない。
文化財の調査に携わっていると、「発掘調査は工事ではないのだから、建設現場ほど厳密な安全管理を持ち込むのは違うのではないか」という空気に触れることがある。もちろん、発掘調査は文化財の記録保存や学術的検討を目的とするものであり、土木工事と同一ではない。だが、作業の現実はどうか。掘削面の近くで人が動き、段差のある場所で歩き、炎天下で長時間作業し、資機材を運び、ときに機械も使う。その現場から危険だけが消えるわけではない。分類の問題と、現場に危険があるかどうかは別である。 ここを曖昧にすると、安全管理はいつまでも「できればやるもの」のままで、「やらなければならないもの」にならない。
文化財の現場だけが安全管理の外にあるわけではない
文化庁が平成16年に示した「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準」は、この点をかなり率直に書いている。そこでは、発掘作業について、「その性格上、常に土砂崩壊、感電、高所からの転落等の危険を伴うため、労働安全衛生法等に基づいた安全基準を遵守して事故のないように配慮しなければならない」 と明記している。ここで重要なのは、文化財行政の文書そのものが、発掘作業を「文化財の仕事だから安全管理の論点が薄い仕事」として扱っていないことである。危険があることを前提にし、そのうえで安全基準の遵守を求めている。つまり、文化財の現場だけが安全管理の外にあるという理解は、少なくとも行政文書の整理とは整合しない。
この話は、民間の発掘調査会社だけに向けられたものではない。むしろ、いま問い直す必要があるのは自治体の文化財課の側である。民間の調査会社は、開発事業に伴う調査のなかで、発注者や元請企業の要求に応じて安全書類、朝礼、危険予知活動、作業手順の確認などを運用していることが少なくない。もちろん、それで十分とは限らないが、「安全管理をするのが普通である」という現場感覚に触れる機会は比較的多い。それに対して、自治体が直営で行う発掘調査や、教育委員会主導で組み立てている現場では、「行政の調査である」「文化財の仕事である」「工事ではない」という認識の延長で、安全管理が実務の中心から少しずつ外れやすい。誰も反対していないのに、日々の運用には落ちていない。文化財の現場で安全管理が弱くなるとすれば、むしろこの場所ではないかと思う。
自治体の発掘調査にも、安全衛生管理の視点は必要である
ここで一度、自治体職員への法令のかかり方を正確に整理しておきたい。地方公務員については、埼玉県人事委員会も山梨県人事委員会も、原則として労働基準法及び労働安全衛生法などの労働基準関係法令が適用される と説明している。一方で、地方公務員法等により一部規定には適用除外があり、また監督機関も、民間企業のように一律に労働基準監督署ではない。非現業の一般職については人事委員会やその委任を受けた機関が、現業的な職場等では労働基準監督署等が関わる場合がある。つまり、「自治体だから労働安全衛生法とは無関係」ということではないが、「民間と全く同じ単純な構図」とも言い切れない。ここは雑に断定せず、自治体にも安全衛生管理体制を整える責任がある、と捉えるのが正確である。
この整理が大事なのは、発掘調査の現場が正規職員だけで成立しているわけではないからである。会計年度任用職員、短期雇用の作業員、アルバイト、外部の技術者など、さまざまな立場の人が現場に入る。掘削、運搬、洗浄、記録、片付けと、調査に必要な作業は細かく分かれているが、その一つひとつは、結局のところ現場で働く人の身体によって支えられている。制度理解が曖昧なまま、「行政だから少し事情が違う」「工事ではないからそこまでしなくてもよい」という感覚で現場を回すと、いちばん危険にさらされやすい人たちの安全が抜け落ちる。文化財調査は公益性の高い仕事だが、その公益性は、現場で働く人の危険を見えにくくしてよい理由にはならない。
そして、この問題はいま法令の次元でも動いている。厚生労働省が公表している令和7年法律第33号の概要では、労働者と同じ場所で働く個人事業者等を労働安全衛生法による保護の対象及び義務の主体として位置づけ、注文者等や個人事業者等自身が講ずべき各種措置を定めた とされている。発掘調査の現場では、フリーランスや外部の技術者、短期的に入る作業従事者が業務を支えることが少なくない。そうである以上、この改正は建設業だけの話でも、民間企業だけの話でもない。発注者、管理者、現場責任者が、現場に立つ人の属性を問わず安全衛生上の対応を整理しておく必要性は、これまで以上に高まっている。
小規模な現場ほど、手順と記録が重要になる
では、安全管理とは具体的に何を指すのか。ここで言う安全管理は、ヘルメットを着用する、熱中症に注意するといった単発の注意喚起だけを意味しているのではない。作業開始前にその日の内容と危険箇所を確認すること、役割分担を明確にすること、異常時の連絡先や搬送先を決めておくこと、作業後にヒヤリとしたことを記録して残すこと、初めて入る人に現場ルールを説明すること、そうした運用全体を指している。安全管理は、事故が起きてから反省するためのものではなく、起きる前から現場を整えるためのものである。
このとき、よく出てくるのが「うちは小規模だから、そこまで本格的なことはできない」という感覚である。たしかに、業種や人数によって、法令上の選任義務や必要な体制には違いがある。そこを一律に語るべきではない。だが、だからといって、小規模な現場で日々の確認や記録まで不要になるわけではない。むしろ少人数の現場ほど、一人の体調不良や一度の転倒が、その日の作業全体に直結する。現場責任者が複数の役割を兼ねている場合はなおさらで、手順や連絡体制を文書や掲示で共有しておかないと、異常時の判断が属人化しやすい。規模が小さいことは、安全管理をしなくてよい理由ではなく、曖昧な運用を避ける理由になる。
熱中症対策は「気をつける」では済まなくなった
この問題を、いま最もはっきり突きつけているのが熱中症対策である。厚生労働省は、改正労働安全衛生規則により、令和7年6月1日から、熱中症のおそれがある作業について新たな義務を課した。 対象となるのは、暑さ指数(WBGT)28度以上又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの とされている。そして事業者には、熱中症の自覚症状がある作業者や、そのおそれがある作業者を見つけた者が報告するための体制をあらかじめ定めて周知すること、さらに作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察又は処置、緊急連絡網や搬送先の確認など、重篤化を防ぐために必要な措置の内容と実施手順を定めて周知することが義務付けられた。これは、発掘調査の夏季作業を念頭に置いて読んでも、かなり直接的な改正である。
ここで大事なのは、この改正が単なる「水分補給をしましょう」という話ではないという点である。誰が異常を発見するのか、異常を感じた本人や周囲は誰に報告するのか、どこで休ませるのか、どう冷却するのか、救急搬送が必要な場合はどうするのか。そこまで含めて、現場で共有された手順として整えておくことが求められている。発掘調査の現場では、炎天下での長時間作業、遺構面でのかがみ姿勢、マスクや帽子の着用、移動距離の長さなどが重なり、本人が不調を言い出しにくいことも少なくない。だからこそ、「気をつけましょう」で終わらない運用 が必要になる。熱中症対策が法令上も具体的な体制整備の問題として扱われるようになったことは、文化財の現場が従来の感覚のままでは済まない段階に入ったことを示している。
安全管理は、調査の質を支える基盤でもある
ここで見落としてはならないのは、危険そのものよりも、「危険を危険として扱わなくなる慣れ」の方である。掘削面の近くに立つこと、段差の多い場所を移動すること、重い土のうや道具を運ぶこと、暑い日に作業を続けることが、日々の仕事のなかに溶け込むほど、人はそれを特別な危険ではなく「いつものこと」として受け止めやすくなる。だが、文化庁が発掘作業の危険として土砂崩壊、感電、高所からの転落等を明示している以上、発掘現場が本質的に安全な場所であるとは言えない。事故は、極端にずさんな現場でだけ起きるわけではない。むしろ、慣れによって確認が抜け、判断が急がれ、体調不良が言い出しにくくなった現場で起きやすい。だからこそ、毎朝の確認や短い打合せ、危険箇所の共有、動線の見直しといった地味な運用が意味を持つ。危険をなくすことが難しい仕事だからこそ、危険を見えるものとして扱う技術が必要なのである。
安全管理は、文化財調査の本体とは別の、外側の業務だと考えられがちである。だが実際には、安全管理が崩れている現場では、調査そのものの質も崩れやすい。焦っている現場、疲弊している現場、体調不良を言い出しにくい現場では、観察も記録も粗くなる。役割が曖昧で、危険箇所の共有がなく、休止や中止の判断ができない現場では、作業の安定性が失われる。反対に、手順が整理され、責任の所在が明確で、無理を止められる現場では、調査そのものも落ち着いて進む。文化財調査は一度壊した地層を元に戻せない仕事である以上、本来は作業の安定性が強く求められる。その基盤の一部が安全管理である。安全管理は、本体に付随するおまけではなく、調査を成立させる土台のひとつだと考えた方がよい。
自治体の文化財課に必要なのも、まずはこの視点の転換である。安全管理を「建設業の文化」や「民間会社の手続き」として眺めるのではなく、発掘という作業そのものに内在する問題として捉え直すこと。直営調査でも委託調査でも、現場に人が立ち、作業が行われる以上、安全管理は必ず発生する。しかも自治体の場合、予算、人手、日程の制約が厳しいことが多い。だからこそ、「そこまで手が回らない」という気持ちは理解できる。だが、手が回らない現場ほど、属人的な判断に頼りやすく、異常が起きたときに脆い。朝礼でその日の危険箇所を一つ確認すること、作業前に連絡先と搬送先を見直すこと、初めて入る人に禁止事項と手順を説明すること、熱中症時の離脱ルールを決めておくこと。こうしたことは、巨大な仕組みを一気に作らなくても始められる。必要なのは、発掘調査を安全管理の外に置かないという姿勢である。
文化財の調査は、過去を扱う仕事である。けれども、現場で働く人の命と健康は、つねに現在の問題である。そこに「工事ではないから」「小さい現場だから」「行政だから」という言い訳を持ち込んだ瞬間、安全管理は後回しになる。そうではなく、発掘調査は建設工事ではなくても、人が働く現場であることに変わりはない、という当たり前の事実から出発しなければならない。文化財を守る仕事が、人を危険にさらす形で続いてよいはずがない。発掘調査の信頼性を支えるものの一つは、記録の正確さだけではなく、その現場が安全に運営されているかどうかにある。自治体の文化財課にこそ、その視点が改めて求められている。
CPSUSでは、埋蔵文化財発掘調査の現場で必要となる安全管理の考え方や、日々の運用に使う管理書類、法令の適用関係を整理した「発掘調査における労働安全対策マニュアル」 を作成している。安全管理を「何となく大事なもの」で終わらせず、実際の現場で回る形に落とし込むための一つの手がかりとして、今後あらためて紹介したい。
参考資料
CPSUS「発掘調査における労働安全対策マニュアル」
文化庁「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準(報告)」
文化庁「埋蔵文化財」ページ
埼玉県人事委員会「人事委員会が行う労働基準監督業務」
山梨県人事委員会「職員の労働基準監督」
厚生労働省・都道府県労働局「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」
厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)」関連情報
関連記事
建設会社は何を管理しているのか―発掘調査で戸惑いやすい工程・品質・安全の話
2026年1月「下請法」が変わる─取適法は文化財の発掘・整理・委託現場にどう影響するのか
「技術の安売り」は終わるか。2025年12月施行・改正建設業法と「標準労務費」が文化財現場に問うもの