報道をきっかけに考える

国史跡である池上曽根遺跡をめぐり、遺構を損壊した疑いで元サーカス団員2人が書類送検された、という報道があった。

報道によれば、2022年1月から7月の間、2回にわたり遺跡内に伐採樹木を埋め、遺構を損壊した疑いが持たれている。池上曽根史跡公園では、同年3月から8月にかけてサーカス公演が行われていたとされる。報道によれば、2人は容疑を否認しているとされる。現時点では容疑段階であり、個別の責任や事実認定について外部から断定することはできない。

本稿では、誰が悪かったのかを論じるのではなく、文化財に関わる立場から、別の問いを立ててみたい。

それは、国史跡として保護されている場所で、なぜこのような事態が起こり得たのかという点である。

文化財を損壊する行為は、当然ながら許されない。けれども、この問題を「文化財を知らない人がいた」「現場の誰かが不注意だった」という話だけで終わらせてしまうと、より大きな論点を見落としてしまう。

今回の報道が投げかけているのは、史跡を活用する場面で、保護に必要な情報が現場の行動に結びつく形で共有されていたのかという問いである。

池上曽根遺跡はどのような場所か

池上曽根遺跡は、大阪府和泉市池上町、泉大津市曽根町などに広がる弥生時代の大規模な集落遺跡である。

和泉市は、池上曽根遺跡について、南北1.5キロメートル、東西0.6キロメートルの範囲に広がり、総面積60万平方メートルに及ぶ大遺跡で、弥生時代を通じて営まれた環濠集落であると説明している。また、1976年に環濠に囲まれた範囲を中心として約115,000平方メートルが国史跡に指定され、1995年から史跡整備が行われてきた。

泉大津市の説明でも、池上曽根遺跡は1976年4月26日に史跡指定され、その後追加指定が行われたこと、指定面積が115,000平方メートルであること、史跡公園内には大型掘立柱建物、大型くり抜き井戸、竪穴住居、環濠などが復元されていることが示されている。

つまり、池上曽根遺跡は、単なる公園や空き地ではない。

弥生時代の集落の痕跡を今に伝える重要な遺跡であり、国史跡として保護され、同時に史跡公園として地域に開かれてきた場所である。

ここに、今回の論点の難しさがある。

史跡公園は、文化財を社会に開くための場所である。人が訪れ、歩き、学び、時には地域の催しの場にもなる。文化財を閉じ込めるのではなく、地域の人々が親しめる形に整備することには、大きな意味がある。

しかし、史跡公園である以上、そこは「使える場所」であると同時に、「守るべき場所」でもある。

この二つの性格が、利用者や主催者、委託業者、現場作業者にどこまで伝わっていたのか。今回の報道は、その点を改めて考えさせる。

史跡は「使える場所」である前に「守るべき場所」である

文化財保護法では、史跡名勝天然記念物について、その現状を変更し、または保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならないと定められている。

史跡の中で土地を掘る、埋める、削る、構造物を設置する、杭を打つ、重機を入れる。こうした行為は、見た目には通常の作業に見える場合がある。しかし、史跡においては、それが地中の遺構や遺物に影響を与える可能性がある。

このことは、文化財関係者にとっては基本的な前提である。

しかし、その前提は、社会全体に共有されているとは限らない。

文化財の仕事に関わる人であれば、地面の下に遺構が残っている可能性を考える。史跡指定地であれば、現状変更の許可や文化財担当部局との協議を思い浮かべる。掘削や埋設がどれほど慎重に扱われるべきかも理解している。

けれども、イベントを行う人、設営や撤去を担う人、清掃や片付けの作業をする人にとって、その場所は「広場」や「公園」として認識されることがある。そこで行う作業も、通常の撤去作業や整理作業の延長として捉えられてしまう可能性がある。

ここに、文化財保護の盲点がある。

制度として史跡が指定されていても、その意味が現場で作業する人の判断に届いていなければ、保護は十分に機能しない。

「史跡です」と伝えるだけでは足りない。

その場所で、何をしてよいのか。何をしてはいけないのか。どの範囲に注意が必要なのか。撤去時に確認すべきことは何か。地面に手を加える行為がなぜ問題になるのか。

そうした情報が、現場の具体的な行動に結びつく形で共有されて初めて、史跡は守られる。

問題は「活用」と「保護」の情報設計にある

文化財の活用そのものが問題なのではない。

むしろ、文化財を社会に開き、多くの人がその価値に触れる機会をつくることは、文化財保護にとって重要である。文化庁の「文化財保存活用大綱・文化財保存活用地域計画作成等に関する指針」では、文化財保存活用地域計画の作成において、地域学習の教材等として文化財を活用し、学校教育・社会教育と連携した取組を位置付けることが有効であるとされている。また、民間との連携についても、地域社会総がかりによる取組を広げる観点から、行政による支援や役割分担を位置付けることが有効であると示されている。

だからこそ、問われるべきなのは、活用するかしないかではない。

活用するときに、保護の情報をどのように設計するかである。

史跡をイベント会場として使う場合、関係者は複数に分かれる。行政や文化財担当者がいる。公園管理者がいる。主催者がいる。設営・撤去を担う委託業者がいる。さらに、その委託業者の中で実際に現地作業を行う人がいる。

文化財担当者が説明したつもりでも、主催者の内部で十分に共有されていなければ意味がない。主催者が委託業者に伝えたつもりでも、現場作業者まで届いていなければ意味がない。書面に条件が書かれていても、それが現場で判断できる内容になっていなければ、作業の抑止にはつながらない。

もちろん、これは今回の具体的な事実関係を断定するものではない。

しかし、文化財の活用現場では、こうした情報伝達の断絶が起こり得る。行政、主催者、委託業者、作業者のどこかで保護情報が薄まれば、史跡はリスクにさらされる。

文化財保護に必要なのは、専門的な制度説明だけではない。

必要なのは、現場で行動する人が、その場で判断できる情報である。

たとえば、史跡指定地であることを伝えるだけではなく、地面を掘ること、埋めること、杭を打つこと、撤去物を一時的に置くこと、重機を入れること、原状回復の際に地表面へ手を加えることについて、何が認められ、何が確認を要するのかを具体的に示す必要がある。

文化庁の保存活用計画に関する指針でも、保存活用計画の作成・推進を通じて、保存・活用に関する基本的な考え方や、厳密に保存すべき箇所、改変が許容される部分・程度を明確化し、必要な許可や届出などの手続を分かりやすくすることが期待されている。

これは、今回のような史跡の利用場面にも通じる考え方である。

文化財を活用する以上、保存すべき範囲、許容される行為、確認が必要な行為を、関係者が共有できる形にする必要がある。

遺構は見えにくい文化財である

この問題をさらに難しくしているのは、遺構が「見えにくい文化財」であるという点である。

建物や仏像、絵画であれば、多くの人はそれが文化財であることを比較的理解しやすい。触れてはいけない、傷つけてはいけない、壊してはいけないという感覚も持ちやすい。

しかし、遺構は違う。

遺構は、地面の下に残ることが多い。柱穴、溝、土坑、炉跡、住居跡、環濠、土層の違い。これらは、専門的な調査や記録を通じて初めて意味を持つ場合が多い。一般の人が現地に立ったとき、そこに何が残っているのかを直感的に理解することは難しい。

池上曽根遺跡について、泉大津市は「いまなお地下に眠る、多くの遺構、遺物」を本質的価値の一つとして挙げている。史跡公園として復元建物や遺構復元が整備されていても、本来の価値の一部は、今も地下に残る遺構や遺物にある。

だからこそ、遺跡を守るには「知っている人だけが分かっている」状態から抜け出す必要がある。

文化財関係者の間では当然のことでも、一般の人にとっては当然ではない。史跡指定地で地面を掘ること、埋めること、土地の状態を変えることがなぜ問題なのか。その理由を、文化財に詳しくない人にも分かる言葉で伝えなければならない。

ここで必要なのが、文化財リテラシーである。

文化財リテラシーとは、専門家と同じ知識を全員に求めることではない。文化財とは何か。なぜ守る必要があるのか。遺跡や遺構はなぜ見えにくいのか。地面の下に残る痕跡が、なぜ地域の歴史を物語るのか。

そうした基本的な感覚を、社会の中に少しずつ広げていくことである。

学校教育、地域学習、現地説明板、ガイドツアー、博物館展示、ワークショップ、SNSでの発信。どれも一つひとつは小さな接点かもしれない。しかし、その接点がなければ、文化財は「知っている人だけが大切にしているもの」になってしまう。

文化財を社会に開くということは、文化財を知らない人と接点を持つということである。

その接点をつくる以上、文化財関係者の側には、伝わる形に翻訳する努力が求められる。

活用の現場で問われること

今回の報道を、文化財関係者はどのように受け止めるべきだろうか。

「文化財を知らない人が悪い」と言うことは簡単である。

しかし、それだけでは同じ問題を防ぐことはできない。

むしろ問われているのは、文化財を知っている側が、どこまで伝える努力をしてきたのかという点である。史跡を使う人に対して、何を説明していたのか。委託業者や作業者にまで届く形で情報を渡していたのか。現地で迷わず判断できる表示や資料があったのか。利用後の撤去や原状回復について、文化財保護の観点から確認する仕組みがあったのか。

これは、特定の自治体や団体だけの問題ではない。

史跡公園、博物館、資料館、収蔵施設、学校に保管された資料、自治体倉庫の出土品、地域で受け継がれてきた民俗資料。文化財は、さまざまな場所で社会と接点を持っている。

接点が増えれば、文化財を専門としない人が関わる場面も増える。

そのとき、文化財関係者の言葉が専門家の内側だけで通じるものであれば、保護の考え方は現場に届かない。

文化財を守るためには、専門性を下げる必要はない。

必要なのは、専門性を、相手が行動できる情報に変換することである。

「文化財を活用する」と決めた時点で、保護に関わる情報をどこまで共有するかという問いは、文化財担当者だけが抱えるものではなくなる。

行政、主催者、関係事業者、現場作業者、地域の人々。それぞれが、自分の立場で何を知り、何を確認すべきなのかを理解できるようにする。その仕組みを設計することが、これからの文化財活用には欠かせない。

CPSUSが考える、保存と活用の接点

CPSUSは、文化財の保存と活用のあいだにある距離を見つめていきたいと考えている。

文化財を守るには、制度が必要である。専門知識も必要である。調査、記録、整理、保管、管理の積み重ねも欠かせない。

一方で、それだけでは届かない範囲がある。

文化財に詳しくない人。日常の中で文化財と接点を持たない人。イベントや作業を通じて一時的に文化財に関わる人。これから地域の歴史を学ぶ子どもたち。そうした人たちに、文化財が「守るべきもの」として伝わる機会をつくることも、保存と活用をつなぐ大切な仕事である。

遺跡は、ただそこにあるだけでは守られない。

史跡に指定されているだけでも、説明板が立っているだけでも、十分ではない。そこがなぜ大切なのか。何をしてはいけないのか。どのように関わればよいのか。その情報が、関わる人の行動に届いて初めて、文化財保護は現場で機能する。

文化財を活用するということは、文化財を社会に開くことである。

そして、社会に開く以上、文化財を知らない人にも伝わる情報設計が必要になる。

CPSUSは、文化財を専門家の中だけに閉じ込めるのではなく、社会の中で守り、活かし、次世代へ引き継ぐための取り組みを進めていきたい。

文化財は、守る意思を持つ人だけでは守りきれない。だからこそ、守る仕組みを設計することが、文化財に関わるすべての人に問われている。

参考資料

文化財保護法第125条
・文化庁「文化財保護法に基づく文化財保存活用大綱・文化財保存活用地域計画作成等に関する指針」令和7年3月最終変更
・文化庁「文化財保護法に基づく保存活用計画の策定等に関する指針」
・和泉市「史跡池上曽根遺跡」
・泉大津市「史跡池上曽根遺跡について」
・和泉市文化財活性化推進実行委員会ブログ「さくらサーカス(SAKURA CIRCUS)和泉公演 in 池上曽根史跡公園」2022年2月21日
・毎日新聞「遺跡に木11トン埋めたか サーカス団関係者を書類送検 大阪」2026年4月21日
・毎日新聞「さくらサーカス 遺構損壊で元団員2人書類送検された件で声明「心よりお詫び」「事実関係の確認進める」2024年4月24日

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