文化財活用推進事業の公募が始まった。― 活用と保管、両輪で進めるために今考えたいこと ―
令和8年度、文化庁は「全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」の公募を開始した。本事業は、国指定等文化財、世界文化遺産、日本遺産、歴史的風致形成建造物等を対象として、魅力的な体験等の造成・販売を支援し、文化財の高付加価値化を図るものである。応募要領では、インバウンドの高付加価値旅行者を含む、国内外の知的好奇心旺盛な旅行者が、文化財の成り立ちや、それを守り伝えてきた人々の取組を理解しながら、より深く楽しむことができる体験の造成が掲げられている。さらに、専門家による伴走支援も組み込まれており、継続性や商品化も見据えた事業設計が求められている。
この公募は、文化財を単に「保存すべきもの」として扱うのではなく、社会に開かれた資源として位置付け、その価値を体験や学びを通じて伝えていこうとする施策の一つとして捉えることができる。文化財保護法第1条も、この法律の目的を「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」と定めており、保存と活用は制度上も対立する概念ではない。保存だけでもなく、活用だけでもなく、その両方をどう成り立たせるかが、現在の文化財行政における基本的な課題である。
実際、文化財が地域の観光や教育、地域理解の促進に資する可能性は大きい。ある地域に残された文化財は、その土地で何が起き、どのような人々が暮らし、何を築いてきたのかを伝える具体的な証拠である。とりわけ、現地でしか得られない実感や、地域の歴史と風土を結びつけて理解できる体験は、一般的な観光資源とは異なる深さを持つ。文化財の背景にある歴史、技術、信仰、生活文化をどう伝えるかという視点は、地域振興においても重要であり、本事業がそうした方向を後押ししようとしていることには意味がある。
ただし、ここで一つ確認しておきたいことがある。文化財の活用が具体化すればするほど、その前提となる保管と管理の重要性が、これまで以上に明確になるという点である。

1.文化庁が進める「文化財活用推進事業」とは
本事業の特徴は、文化財の価値を単に「見せる」だけでなく、「体験として構成し、継続的に社会へ届ける」ことにある。募集要領には、文化財の成り立ちや、その文化や自然がなぜその場所で生まれたのか、人々がどのように守ってきたのかを理解しながら楽しめる体験の造成が示されている。これは、単発のイベントを実施するだけでなく、文化財の意味を解釈し、わかりやすく伝え、継続可能な仕組みとして整えていくことが求められているということである。
この方向性自体は、近年の文化財政策の流れとも整合している。文化財は、かつては保護と保存に重点が置かれがちであったが、現在では「保存しながら活用する」という考え方が広く共有されている。とくに国指定文化財等は、地域のシンボルとしての役割や、交流人口の創出、地域への理解促進といった点でも注目されており、活用を通じて文化財に対する社会的支持を広げていくことは、今後ますます重要になると考えられる。文化財の価値を理解し、支える人を増やすことは、結果として保存の基盤を強めることにもつながる。
一方で、このような施策が進むとき、対象となる文化財が常に「活用できる状態」にあるとは限らない。むしろ、活用が具体化することで、ふだんは見えにくかった管理上の課題が表面化することも少なくない。活用を進めることと、活用に耐えうる基盤を整えることは、本来、同時に考えられるべき課題なのである。
2.活用が進むことで見えてくる、保管の重要性
文化財を活用するとは、言い換えれば、必要なときに必要な資料を、必要な条件で取り出し、説明し、提供できる状態にしておくことである。展示であれ、貸出しであれ、教育普及であれ、体験型事業であれ、その前提にあるのは、所在が把握され、基本情報が整理され、状態が確認できることである。
たとえば、活用の現場では、「この資料はどこにあるのか」「現物確認は可能か」「写真はあるか」「寸法や材質は把握できているか」「貸出しや展示に耐えうる保存状態か」といった問いに、短期間で答える必要が生じる。ところが、所在情報が曖昧であったり、台帳と現物の照合が十分でなかったり、写真記録が整っていなかったりすると、活用の企画そのものが止まってしまう。文化財を“使う”ためには、まず文化財を“把握できている”必要がある。
この点は、埋蔵文化財や未指定文化財において、より切実である。文化庁の資料でも、埋蔵文化財をめぐる制度や運用上の課題が継続的に整理されており、全国的に広大な対象を抱えるなかで、現状保存、記録保存、整理・保管、制度運用の見直しが論点となっている。文化審議会の第一次報告書では、全国に47万か所以上の周知の埋蔵文化財包蔵地があること、すべてを現状保存することは現実的ではないこと、そのうえで適切な保護の方策を改めて検討する必要があることが示されている。こうした議論は、発掘調査後に増え続ける資料の整理・保管・継承のあり方とも無関係ではない。
つまり、活用が進むほど、保管の問題は裏方の話ではなくなる。保管は、活用の前段階にある補助業務ではなく、活用そのものを成立させる土台である。ここを後回しにすると、活用の機会が増えるほど、現場はむしろ応答しにくくなる。活用推進の議論は、保管基盤の議論と切り離しては成り立たない。
3.現場の担当者が直面している現実
自治体の文化財担当者の多くは、文化財を地域に開きたいと考えている。地域の子どもたちに知ってもらいたい、市民にもっと身近に感じてもらいたい、来訪者に地域の歴史を伝えたい。その思い自体は決して弱くない。
しかしその一方で、現場には、それと同じくらい現実的で重い日常業務がある。文化財の所在確認、台帳整備、写真管理、保存環境の確認、問い合わせ対応、資料の出し入れ、発掘調査後の整理、収納場所の確保、担当者交代時の引継ぎ。こうした業務は、一つひとつは地味であっても、止めることのできない基盤業務である。しかも、行政組織では担当者の異動が避けられず、数年ごとに知識や経緯の引継ぎが必要となる。台帳が存在していても、分類の意図や収納経緯、過去の整理方針まで十分に伝わっていなければ、次の担当者は結局、所在確認や再整理から始めざるを得ないこともある。
このとき、活用が進まない理由を、担当者個人の意欲の問題に還元するのは適切ではない。活用したいが手が回らない、企画に応じたいが資料をすぐに出せない、貸し出したいが状態や記録の確認に時間がかかる。こうした状況は、個人の姿勢ではなく、構造的な課題として理解されるべきである。
とくに埋蔵文化財の分野では、発掘調査に伴って毎年新たな資料が加わる。調査が継続する限り、保管対象は増え続ける。一方で、保管スペース、人員、整理時間は無限ではない。結果として、活用以前に、資料を適切に管理し続けるための基盤整備そのものが追いつかないという状況が生まれる。現場が抱える負担は、決して例外的なものではなく、多くの自治体に共通する現実である。だからこそ、活用の議論と並行して、所在確認、台帳整備、写真記録、引継ぎ可能な管理体制をどのように整えていくかは、各自治体の担当者にとって実務上の重要課題となっている。
4.活用推進と保管整備を両輪で進めるために
ここで必要なのは、「活用か、保管か」という二者択一ではない。むしろ、活用を進めるなら、その分だけ保管整備も前に進めるという発想である。両者は競合するものではなく、相互に支え合う関係にある。
国指定等文化財を対象とした活用推進事業が充実することは重要である。しかし、それだけでは文化財全体の基盤強化にはつながりにくい。未指定文化財や埋蔵文化財、あるいは地域の収蔵施設に眠る資料群について、所在管理や台帳整備、写真記録、取り出しやすい収納方法、引継ぎ可能なデータ整備が進まなければ、活用可能な文化財の裾野は広がらない。
文化財を「活用できる状態」に近づけること自体が、すでに重要な文化財施策の一つである。派手なイベントや体験プログラムだけが活用ではない。必要な資料を適切に把握し、保存し、必要な時に社会へ開けるようにしておくこともまた、活用を支える実務である。今後は、活用推進施策と並行して、こうした基盤整備をどのように位置付け、支えていくかが問われる。
その意味で、文化財活用推進事業の公募は、単に「見せる文化財」を増やすための制度ではなく、「社会に開くことのできる文化財の基盤」をどこまで整えられるかという議論を促す契機にもなり得る。活用の拡大は、そのまま管理体制の再点検を促す。その両方を視野に入れた議論が、今後ますます必要になる。
5.活用を支える連携体制をどう築くか
こうした基盤整備を考えるとき、論点になるのは自治体内部の体制整備だけではない。限られた人員と予算のなかで、どの業務を内部で担い、どの部分で外部の専門的知見を生かすかという、役割分担の設計も重要になる。
ここでいう外部連携とは、自治体の役割を弱めることではない。むしろ、行政が本来担うべき判断、方針決定、地域との調整、文化財行政としての責任を維持したうえで、整理、保管、台帳整備、写真管理、データ整備といった実務を、どのように継続可能な形で支えるかという問題である。文化財行政の中心はあくまで行政にある。その前提を崩さずに、現場の負担を分散し、継続性を高める方法を考えることは、きわめて現実的な課題である。
実際、文化財の整理や管理には、継続的な作業体制、記録の統一、現物と情報の照合、出し入れを見越した収納設計など、専門的かつ地道な知見が必要となる。こうした実務は、短期的な応援や一時的な人員配置だけでは安定しにくい。内部体制の充実とあわせて、外部の知見を適切に位置付けることは、今後の選択肢の一つとして十分に検討に値する。
特定非営利活動法人文化財保管活用支援機構(CPSUS)は、文化財の整理、保管、台帳整備、写真・所在情報の整理、活用に向けた管理基盤づくりといった、文化財を社会に開く前提となる実務に着目してきた。文化財を活用するためには、まずその前提となる管理基盤が整っている必要があるという考え方である。活用施策が広がる今こそ、現場で蓄積されてきた保管と整理の知見を、活用の議論と接続していく必要がある。
6.活用を持続させるために
文化財活用推進事業の公募は、文化財の価値を社会に伝えるための具体的な施策の一つである。文化財を地域の内側だけにとどめず、学びや体験を通じて社会に開いていくことは、今後ますます重要になるであろう。
その一方で、活用を持続的なものにするためには、保管と管理の基盤を整える視点が欠かせない。どこに何があり、どのような状態で、どのように取り出せるのか。そうした基盤が整ってはじめて、活用は安定した実務として成立する。活用推進が進むほど、保管整備の重要性はむしろ高まる。
文化財行政のこれからを考えるうえで必要なのは、活用を進めることそのものと、活用を支える基盤をどう整えるかを、同じ地平で議論することである。保存と活用の両立が制度上の理念であるならば、保管と活用もまた、実務上の両輪として扱われるべきである。
CPSUSは、文化財を社会に開くための基盤を、現場の実務から支える立場にある。文化財の活用を持続させるためには、役割を分担しながら、現場に合った形を整えていくことが重要である。その具体的なあり方について、引き続き考えていきたい。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
参考資料
文化庁「令和8年度 全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」
文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
文化庁「出土品の保管について(報告)」
文化庁「出土品の保管について(報告)<概要版>」
文化庁「出土品の取り扱いについて(報告)」
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