文化財活用推進事業の公募が始まった。― 活用と保管、両輪で進めるために今考えたいこと ―
令和8年度、文化庁は「全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」の公募を開始した。本事業は、国指定等文化財、世界文化遺産、日本遺産、歴史的風致形成建造物等を対象として、魅力的な体験等の造成・販売を支援し、文化財の高付加価値化を図るものである。応募要領では、インバウンドの高付加価値旅行者を含む、国内外の知的好奇心旺盛な旅行者が、文化財の成り立ちや、それを守り伝えてきた人々の取組を理解しながら、より深く楽しむことができる体験の造成が掲げられている。さらに、専門家による伴走支援も組み込まれており、継続性や商品化も見据えた事業設計が求められている。
この公募は、文化財を単に「保存すべきもの」として扱うのではなく、社会に開かれた資源として位置付け、その価値を体験や学びを通じて伝えていこうとする施策の一つとして捉えることができる。文化財保護法第1条も、この法律の目的を「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」と定めており、保存と活用は制度上も対立する概念ではない。保存だけでもなく、活用だけでもなく、その両方をどう成り立たせるかが、現在の文化財行政における基本的な課題である。
実際、文化財が地域の観光や教育、地域理解の促進に資する可能性は大きい。ある地域に残された文化財は、その土地で何が起き、どのような人々が暮らし、何を築いてきたのかを伝える具体的な証拠である。とりわけ、現地でしか得られない実感や、地域の歴史と風土を結びつけて理解できる体験は、一般的な観光資源とは異なる深さを持つ。文化財の背景にある歴史、技術、信仰、生活文化をどう伝えるかという視点は、地域振興においても重要であり、本事業がそうした方向を後押ししようとしていることには意味がある。
ただし、ここで一つ確認しておきたいことがある。文化財の活用が具体化すればするほど、その前提となる保管と管理の重要性が、これまで以上に明確になるという点である。

1.文化庁が進める「文化財活用推進事業」とは
本事業の特徴は、文化財の価値を単に「見せる」だけでなく、「体験として構成し、継続的に社会へ届ける」ことにある。募集要領には、文化財の成り立ちや、その文化や自然がなぜその場所で生まれたのか、人々がどのように守ってきたのかを理解しながら楽しめる体験の造成が示されている。これは、単発のイベントを実施するだけでなく、文化財の意味を解釈し、わかりやすく伝え、継続可能な仕組みとして整えていくことが求められているということである。
この方向性自体は、近年の文化財政策の流れとも整合している。文化財は、かつては保護と保存に重点が置かれがちであったが、現在では「保存しながら活用する」という考え方が広く共有されている。とくに国指定文化財等は、地域のシンボルとしての役割や、交流人口の創出、地域への理解促進といった点でも注目されており、活用を通じて文化財に対する社会的支持を広げていくことは、今後ますます重要になると考えられる。文化財の価値を理解し、支える人を増やすことは、結果として保存の基盤を強めることにもつながる。
一方で、このような施策が進むとき、対象となる文化財が常に「活用できる状態」にあるとは限らない。むしろ、活用が具体化することで、ふだんは見えにくかった管理上の課題が表面化することも少なくない。活用を進めることと、活用に耐えうる基盤を整えることは、本来、同時に考えられるべき課題なのである。
2.活用が進むことで見えてくる、保管の重要性
文化財を活用するとは、言い換えれば、必要なときに必要な資料を、必要な条件で取り出し、説明し、提供できる状態にしておくことである。展示であれ、貸出しであれ、教育普及であれ、体験型事業であれ、その前提にあるのは、所在が把握され、基本情報が整理され、状態が確認できることである。
たとえば、活用の現場では、「この資料はどこにあるのか」「現物確認は可能か」「写真はあるか」「寸法や材質は把握できているか」「貸出しや展示に耐えうる保存状態か」といった問いに、短期間で答える必要が生じる。ところが、所在情報が曖昧であったり、台帳と現物の照合が十分でなかったり、写真記録が整っていなかったりすると、活用の企画そのものが止まってしまう。文化財を“使う”ためには、まず文化財を“把握できている”必要がある。
この点は、埋蔵文化財や未指定文化財において、より切実である。文化庁の資料でも、埋蔵文化財をめぐる制度や運用上の課題が継続的に整理されており、全国的に広大な対象を抱えるなかで、現状保存、記録保存、整理・保管、制度運用の見直しが論点となっている。文化審議会の第一次報告書では、全国に47万か所以上の周知の埋蔵文化財包蔵地があること、すべてを現状保存することは現実的ではないこと、そのうえで適切な保護の方策を改めて検討する必要があることが示されている。こうした議論は、発掘調査後に増え続ける資料の整理・保管・継承のあり方とも無関係ではない。
つまり、活用が進むほど、保管の問題は裏方の話ではなくなる。保管は、活用の前段階にある補助業務ではなく、活用そのものを成立させる土台である。ここを後回しにすると、活用の機会が増えるほど、現場はむしろ応答しにくくなる。活用推進の議論は、保管基盤の議論と切り離しては成り立たない。
3.現場の担当者が直面している現実
自治体の文化財担当者の多くは、文化財を地域に開きたいと考えている。地域の子どもたちに知ってもらいたい、市民にもっと身近に感じてもらいたい、来訪者に地域の歴史を伝えたい。その思い自体は決して弱くない。
しかしその一方で、現場には、それと同じくらい現実的で重い日常業務がある。文化財の所在確認、台帳整備、写真管理、保存環境の確認、問い合わせ対応、資料の出し入れ、発掘調査後の整理、収納場所の確保、担当者交代時の引継ぎ。こうした業務は、一つひとつは地味であっても、止めることのできない基盤業務である。しかも、行政組織では担当者の異動が避けられず、数年ごとに知識や経緯の引継ぎが必要となる。台帳が存在していても、分類の意図や収納経緯、過去の整理方針まで十分に伝わっていなければ、次の担当者は結局、所在確認や再整理から始めざるを得ないこともある。
このとき、活用が進まない理由を、担当者個人の意欲の問題に還元するのは適切ではない。活用したいが手が回らない、企画に応じたいが資料をすぐに出せない、貸し出したいが状態や記録の確認に時間がかかる。こうした状況は、個人の姿勢ではなく、構造的な課題として理解されるべきである。
とくに埋蔵文化財の分野では、発掘調査に伴って毎年新たな資料が加わる。調査が継続する限り、保管対象は増え続ける。一方で、保管スペース、人員、整理時間は無限ではない。結果として、活用以前に、資料を適切に管理し続けるための基盤整備そのものが追いつかないという状況が生まれる。現場が抱える負担は、決して例外的なものではなく、多くの自治体に共通する現実である。だからこそ、活用の議論と並行して、所在確認、台帳整備、写真記録、引継ぎ可能な管理体制をどのように整えていくかは、各自治体の担当者にとって実務上の重要課題となっている。
4.活用推進と保管整備を両輪で進めるために
ここで必要なのは、「活用か、保管か」という二者択一ではない。むしろ、活用を進めるなら、その分だけ保管整備も前に進めるという発想である。両者は競合するものではなく、相互に支え合う関係にある。
国指定等文化財を対象とした活用推進事業が充実することは重要である。しかし、それだけでは文化財全体の基盤強化にはつながりにくい。未指定文化財や埋蔵文化財、あるいは地域の収蔵施設に眠る資料群について、所在管理や台帳整備、写真記録、取り出しやすい収納方法、引継ぎ可能なデータ整備が進まなければ、活用可能な文化財の裾野は広がらない。
文化財を「活用できる状態」に近づけること自体が、すでに重要な文化財施策の一つである。派手なイベントや体験プログラムだけが活用ではない。必要な資料を適切に把握し、保存し、必要な時に社会へ開けるようにしておくこともまた、活用を支える実務である。今後は、活用推進施策と並行して、こうした基盤整備をどのように位置付け、支えていくかが問われる。
その意味で、文化財活用推進事業の公募は、単に「見せる文化財」を増やすための制度ではなく、「社会に開くことのできる文化財の基盤」をどこまで整えられるかという議論を促す契機にもなり得る。活用の拡大は、そのまま管理体制の再点検を促す。その両方を視野に入れた議論が、今後ますます必要になる。
5.活用を支える連携体制をどう築くか
こうした基盤整備を考えるとき、論点になるのは自治体内部の体制整備だけではない。限られた人員と予算のなかで、どの業務を内部で担い、どの部分で外部の専門的知見を生かすかという、役割分担の設計も重要になる。
ここでいう外部連携とは、自治体の役割を弱めることではない。むしろ、行政が本来担うべき判断、方針決定、地域との調整、文化財行政としての責任を維持したうえで、整理、保管、台帳整備、写真管理、データ整備といった実務を、どのように継続可能な形で支えるかという問題である。文化財行政の中心はあくまで行政にある。その前提を崩さずに、現場の負担を分散し、継続性を高める方法を考えることは、きわめて現実的な課題である。
実際、文化財の整理や管理には、継続的な作業体制、記録の統一、現物と情報の照合、出し入れを見越した収納設計など、専門的かつ地道な知見が必要となる。こうした実務は、短期的な応援や一時的な人員配置だけでは安定しにくい。内部体制の充実とあわせて、外部の知見を適切に位置付けることは、今後の選択肢の一つとして十分に検討に値する。
特定非営利活動法人文化財保管活用支援機構(CPSUS)は、文化財の整理、保管、台帳整備、写真・所在情報の整理、活用に向けた管理基盤づくりといった、文化財を社会に開く前提となる実務に着目してきた。文化財を活用するためには、まずその前提となる管理基盤が整っている必要があるという考え方である。活用施策が広がる今こそ、現場で蓄積されてきた保管と整理の知見を、活用の議論と接続していく必要がある。
6.活用を持続させるために
文化財活用推進事業の公募は、文化財の価値を社会に伝えるための具体的な施策の一つである。文化財を地域の内側だけにとどめず、学びや体験を通じて社会に開いていくことは、今後ますます重要になるであろう。
その一方で、活用を持続的なものにするためには、保管と管理の基盤を整える視点が欠かせない。どこに何があり、どのような状態で、どのように取り出せるのか。そうした基盤が整ってはじめて、活用は安定した実務として成立する。活用推進が進むほど、保管整備の重要性はむしろ高まる。
文化財行政のこれからを考えるうえで必要なのは、活用を進めることそのものと、活用を支える基盤をどう整えるかを、同じ地平で議論することである。保存と活用の両立が制度上の理念であるならば、保管と活用もまた、実務上の両輪として扱われるべきである。
CPSUSは、文化財を社会に開くための基盤を、現場の実務から支える立場にある。文化財の活用を持続させるためには、役割を分担しながら、現場に合った形を整えていくことが重要である。その具体的なあり方について、引き続き考えていきたい。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
参考資料
文化庁「令和8年度 全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」
文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
文化庁「出土品の保管について(報告)」
文化庁「出土品の保管について(報告)<概要版>」
文化庁「出土品の取り扱いについて(報告)」
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開発事業で埋蔵文化財を守るために必要なこと 鎌倉市の事例から考える確認体制と情報共有

2026年2月、鎌倉市は、深沢地区土地区画整理事業用地内で確認されていた埋蔵文化財の一部を、地中埋設物等の調査の際に毀損していたと公表した。対象は竪穴住居址や土坑など7遺構である。市は、令和5年度の試掘確認調査で把握していた範囲と、令和6年度の掘削予定範囲との確認が十分でなかったことに加え、現地には草が繁茂しており、試掘確認調査範囲であることに気づかなかったとしている。
この事案が示しているのは、埋蔵文化財は「見つかっていれば守られる」わけではないということである。文化財の存在が把握されていても、その情報が事業計画、図面、現地確認、工事の進め方に反映されていなければ、実際の保護にはつながらない。埋蔵文化財の保護は、発見の段階だけで完結する仕事ではなく、その後の確認と共有まで含めて成り立つものである。
鎌倉市で何が起きたのか
鎌倉市の公表によれば、問題が起きたのは陣出遺跡である。令和5年度に試掘確認調査を行い、遺構を確認したうえで埋め戻していたが、その後、令和6年度に市が行った地中埋設物等調査の際に、遺構の一部を掘削し、毀損していたことが判明した。判明のきっかけは、令和7年8月下旬に、発掘調査の受注者から、試掘確認調査で確認していた遺構の一部が毀損されているとの連絡を受けたことであった。
ここで重要なのは、遺跡が未知だったのではなく、すでに確認されていたという点である。問題は「知らなかった」ことではなく、「分かっていた情報が、その後の調査や掘削の判断に十分生かされていなかった」ことにある。文化財事故の怖さは、何も分かっていない状態だけで起きるのではない。むしろ、どこかでは把握されていた情報が、必要な相手に必要な形で伝わっていないときに起きやすい。
問題はなぜ起きたのか
鎌倉市は、試掘確認調査範囲と掘削予定範囲の重ね合わせが適切に行われなかったことを原因として示している。加えて、現地には草が繁茂していたため、当該箇所が試掘確認調査範囲であることに気づかなかったとしている。これを見ると、本件は単なる庁内の情報共有不足だけでなく、現地確認のあり方にも課題があったと考えるべきである。
つまり、本件には少なくとも二つの問題があった。ひとつは、図面や記録の段階で、試掘済み範囲と掘削予定範囲を十分に照らし合わせていなかったことである。もうひとつは、現地で見て分かる状態、あるいは掘削前に必ず確認すべき手順が、十分に機能していなかった可能性である。公式発表は、杭や表示の有無までは述べていないため断定はできないが、「草が生い茂っていて気づかなかった」という事実は、図面上の整理だけでは足りず、現地で確認できる仕組みも必要であることを示している。
埋蔵文化財対応は本来いつ行うべきか
文化庁は、周知の埋蔵文化財包蔵地で土木工事などを行う場合、事前に教育委員会へ届出を行い、必要に応じて発掘調査による記録保存などの措置を講じるとしている。全国には約46万か所の周知の埋蔵文化財包蔵地があり、毎年約9千件の発掘調査が行われている。埋蔵文化財への対応は、例外的な出来事ではなく、多くの開発や工事に関わる前提条件の一つである。
また、文化庁の1998年通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」は、埋蔵文化財保護に関する調整や発掘調査その他の措置について、事業者その他関係者に対し、保護の趣旨を十分説明し、その理解と協力を基本として進めることを求めている。さらに、各地方公共団体においては、教育委員会以外の関係部局との連絡・協調のもとで埋蔵文化財行政を進めることが前提とされている。制度はもともと、文化財担当者だけで完結する運用を想定していないのである。
計画段階の確認が重要な理由
文化庁の「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)」は、埋蔵文化財保護の第一歩は、包蔵地の存在や内容等を適切に把握し、それを周知することだとしている。そのうえで、内容確認のための調査が、開発事業計画が具体化してから行われる場合も多く、情報把握が遅れると、調査費用の増加や工期への影響が大きくなると指摘している。逆に、十分な情報が早い段階で得られれば、構想や計画の段階で回避や調整を行いやすくなる。
これは、開発事業者にとって非常に実務的な問題である。埋蔵文化財は、しばしば「後から出てきて工事を止めるもの」と受け取られがちだが、本当の問題は、必要な確認を後回しにした結果、設計や工程が固まったあとで重い調整を迫られることである。文化財担当者にとっても同じで、遺跡の重要性を内部で理解しているだけでは足りない。事業者や設計者が、早い段階で判断に使える形で情報を受け取れるようにしなければならない。
工事の現場で必要になる情報とは何か
工事や調査の現場で本当に必要なのは、「文化財は大切である」という一般論ではない。どこに、どの範囲で、どの深さに関係があり、どの段階で何を確認し、どのくらいの期間や協議が必要になるのかという具体的な情報である。文化財に関する情報が、現地案内図、配置図、掘削範囲、工程表などと結びついていなければ、現場では十分に使えない。
国土交通省の「施工条件明示について」は、工事着手前に地下埋設物や埋蔵文化財等の事前調査を必要とする場合、その項目と調査期間を設計図書に明示することを求めている。さらに関東地方整備局の「土木工事条件明示の手引き(案)」でも、埋蔵文化財の発掘調査が必要な場合は、その状況、場所、管理者、事前調査・移設の期間を明示することが示されている。埋蔵文化財は、本来、工事の前提条件として整理されるべきものである。
文化財担当者に求められる説明
文化財担当者に求められるのは、「文化財保護法上必要だから」という説明だけではない。文化庁通知が示すように、事業者その他関係者に対して、埋蔵文化財保護の趣旨を十分説明し、理解と協力を得ながら進めることが必要である。つまり文化財側には、相手の実務に通じる形で説明する責任がある。
文化財の世界では、「遺構」「包蔵地」「試掘確認」「記録保存」といった用語が当然のように使われる。しかし、開発事業者や設計・施工担当者にとって重要なのは、それがどこにあり、どの工事に影響し、どの時点で何を確認しなければならないかである。文化財情報がその形で伝わらなければ、文化財は「重要ではあるが、実務では扱いにくいもの」として受け取られやすい。開発と保護を両立させるには、文化財側の説明も、実務に届く言葉と資料で行われる必要がある。
再発防止に必要なこと
再発防止を、担当者の注意力だけに求めてはならない。必要なのは、試掘確認調査で得られた情報を、文化財担当部署の内部資料にとどめず、事業担当、設計担当、工事担当、必要に応じて受注者まで共有できる形で整理することである。さらに、現地での識別や掘削前確認の手順を明確にし、「誰が」「何を」「どの資料で」確認するのかを決めておく必要がある。今回の鎌倉市の事例が示したのは、確認されていた情報も、現場で生かされなければ事故は防げないということである。
加えて、確認の時期も重要である。文化財の有無や必要な対応を、着工直前の最終確認で初めて重く扱うのでは遅い。用地取得、基本設計、事業計画の段階で、あらかじめ確認しておく必要がある。文化庁の第一次報告書が示すように、早く分かれば調整の余地は広がるが、遅れれば遅れるほど、文化財保護と事業進行の双方に大きな負担がかかるからである。
開発と文化財保護を両立させるために
ここで、開発事業者にも文化財担当者にも、もう一段考えてほしいことがある。埋蔵文化財への対応は、見つける、記録する、整理する、保管する、必要に応じて活用へつなげる、という複数の作業から成り立っている。しかし現実には、自治体内部だけでそのすべてを安定して担うことは容易ではない。文化庁の第一次報告書も、埋蔵文化財包蔵地の把握や調査体制には地域差があり、十分な把握が進んでいない場合があることを課題として示している。
だからこそ、これから必要になるのは、「行政が自前で抱え込むか、何もしないか」の二択ではない。記録整理、保管、情報管理の一部は、民間の専門者を活用する体制を前提に考えるべきである。試掘・確認後の記録整理、箱単位・ロット単位の管理、保管先の整備、将来の調査や展示に耐える形での情報整理は、行政にとっても、開発事業者にとっても、後回しにするほど負担が大きくなる。こうした部分を専門性のある民間に委ねることは、文化財保護の質を下げることではなく、むしろ実務を安定させる方法である。開発事業者にとってはリスク管理であり、文化財担当者にとっては限られた体制を補う手段でもある。
鎌倉市の事例が示したのは、埋蔵文化財は「知っていれば守れる」わけではないということである。必要なのは、知っていることではなく、分かる形で共有されていること、記録があることではなく、現場で確認できること、届出を出したことではなく、その後の設計、工事、整理、保管まで見通して手当てされていることである。開発と文化財保護を両立させるには、その一連の流れを、実務として組み立て直さなければならない。
参考資料
朝日新聞
「埋蔵文化財、重機で損壊 区画整理事業で情報共有されず 鎌倉市」2026年2月7日
神奈川新聞
「遺跡破壊問題で鎌倉市、市議会で謝罪 『確認作業を怠り、安易に進めてしまった』」2026年2月26日
鎌倉市「深沢地区土地区画整理事業用地における埋蔵文化財(遺構)の毀損について」2026年2月5日。
文化庁「埋蔵文化財」
文化庁「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)」2022年7月22日
国土交通省「施工条件明示について」
関東地方整備局「土木工事条件明示の手引き(案)」
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「魅せる収蔵庫」が問いかけること― 収蔵庫に入れてもらえない遺物は、どこへいくのか ―
「魅せる収蔵庫」という言葉が、文化財行政の中で語られるようになってきた。
収蔵庫に保管された資料を一般に公開し、その価値を社会と共有する――その発想自体は、文化財の活用という観点から見ても重要な試みである。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。
収蔵庫に収められていない膨大な遺物は、いまどこにあり、どのように扱われているのか。
収蔵庫に「入っているもの」だけを前提に議論が進められるとき、その外側にある資料の存在は、制度上も社会上も見えなくなってしまうのではないか。

「魅せる収蔵庫」という発想が生まれた背景
佐賀県は東大と連携し、弥生時代を代表する吉野ケ里遺跡をはじめとした考古資料について、「魅せる収蔵庫」という新たな収蔵モデルの検討を開始した。
報道によれば、県内にはコンテナ換算で約5万箱に及ぶ考古資料が存在し、それらは4カ所に分散して保管されている。また、施設の多くは老朽化が進み、ネズミやイタチといった害獣への対応が必要な状況にある。さらに、これらの資料は一般公開される機会が限られており、活用の幅も限定的であったとされる。
こうした状況を受け、佐賀県は東京大学総合研究博物館と連携し、基本構想・基本計画の策定に着手した。2026年度には約2800万円の予算が計上されており、文化財の保管と公開のあり方を再検討する動きとして注目される(出典:毎日新聞 2026年3月19日)。
この事例が示しているのは、収蔵庫問題がもはや一部の現場の課題ではなく、政策として検討される段階に入っているという事実である。
収蔵庫に「入っている」資料と「入れてもらえない」資料
収蔵庫に収められている資料は、学芸員などの専門職によって分類・整理され、管理可能であると判断されたものである。すなわち、それらは制度上も「管理されている文化財」として位置づけられている。
しかし現実には、発掘調査によって得られるすべての遺物が収蔵庫に収められているわけではない。出土品の量は膨大であり、そのすべてを整理し、適切な環境で保管することは、多くの自治体にとって困難である。
その結果、収蔵庫の外には、未整理のまま保管されている資料や、分散した施設に仮置きされている資料が多数存在している。これらの資料については、その所在や数量、状態が十分に把握されていない場合も少なくない。
ここで重要なのは、収蔵庫に入っている資料だけが「管理されている文化財」として認識される一方で、収蔵庫に入らない資料は、制度的にも社会的にも不可視化されやすいという構造である。
優先順位が下がると、文化財は「消える」
文化財の保管には、施設整備費、維持管理費、人件費など多くのコストが伴う。しかし、文化財分野は行政の中で必ずしも優先順位が高いとは言えず、限られた予算の中で対応が求められている。
優先順位が下がると、まず予算がつかなくなる。その結果、保管環境の整備が遅れ、資料は仮置きのまま放置される。さらに、整理作業が進まないことで、資料の内容や価値が把握されないままとなる。
このような状態が続くと、資料は次第に存在感を失い、議論の対象からも外れていく。形式的には存在していても、実質的には「なかったこと」にされていくのである。
文化庁が示すように、出土品の増加と保管体制の不足は全国的な課題であり、整理・保管の遅れが深刻化していることが指摘されている。
「今わからない」は「価値がない」ではない
埋蔵文化財は、過去の人々の活動を直接的に示す一次資料である。その価値は、発見された時点ですべて明らかになるわけではなく、後年の研究や技術の進展によって新たな意味が見出されることも多い。
科学分析技術の進歩により、従来は不明であった年代や用途、産地などが明らかになる事例も増えている。このように、「今わからない」という状態は、「価値がない」ということを意味しない。
しかし、一度失われた資料は二度と回復することができない。文化財は不可逆的な資源であり、その取扱いには慎重な判断が求められる。
文化庁の報告においても、出土品については適切な記録と保存の必要性が示されている。
国民共有の財産という建前と現実のギャップ
文化財保護法において、文化財は国民共有の財産として位置づけられている。この理念は、文化財を将来世代に引き継ぐ責任を社会全体で負うべきであるという考え方に基づいている。
しかし現実には、文化財の管理は各自治体の財政状況や人員体制に大きく依存している。限られた資源の中で優先順位が付けられ、その結果として、十分に管理されない資料が生じている。
このような状況は、「国民共有の財産」という理念と、現実の運用との間に明確なギャップが存在していることを示している。
「魅せる」前に必要なのは「全体の把握」である
「魅せる収蔵庫」は、文化財の価値を社会に伝えるための重要な試みである。しかし、その議論が収蔵庫の中にある資料のみを対象としている限り、収蔵庫の外に存在する膨大な資料は依然として見えないままとなる。
本来必要なのは、収蔵庫内の資料だけでなく、未収蔵資料も含めた全体の把握である。どこに何がどれだけ存在しているのかを可視化しなければ、選別も保管も議論することができない。
台帳化されていない資料は、制度上も社会上も存在しないのと同じ扱いになりかねない。見えないものは守られないのである。
文化財の問題は、何を捨てるかという選択の問題ではない。
何が存在しているのかを把握しないまま選別が行われている構造にこそ、本質的な課題がある。
見えない遺物を、なかったことにしないために
「魅せる収蔵庫」は、文化財を社会に開くための重要な一歩である。しかし、その議論が収蔵庫の内部に限定される限り、収蔵庫の外にある膨大な遺物は引き続き不可視のままとなる。
国民共有の財産を未来につなぐためには、まず「どこに何があるのか」を社会が認識することが必要である。その上で初めて、保管、活用、そして選別のあり方についての議論が成立するのである。
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文化財はなぜ必要なのか 社会・行政・地域における役割と現状
未指定文化財が多い、という事実が意味すること
参考資料
毎日新聞「吉野ケ里遺跡などで『魅せる収蔵庫』検討」(2026年3月19日)
文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
文化庁「出土品の保管について(報告)」
文化庁「出土品の保管について(報告)<概要版>」
文化庁「出土品の取り扱いについて(報告)」
近年、「博物館の収蔵庫不足」や「収蔵品の廃棄」、「数値目標の設定」といった議論が続いている。
しかし、これらの問題の背景には、より根本的な構造がある。
それが、文化財の「保管費」の位置づけである。
博物館の収蔵庫不足、出土品の増加、整理の遅れといった問題が、文化財行政の課題としてたびたび取り上げられている。文化庁の近年の調査研究でも、博物館資料の収集・保管に不可欠な収蔵スペースの不足、いわゆる「収蔵庫問題」が、博物館関係者の間で問題提起されていると明記されている。
では、改めてその前提となる問いというのがこれだ。
文化財の「保管費」は、行政予算のどこに計上されているのか。
文化財保護法は、文化財を「保存」し、その「活用」を図ることを制度の目的としている。文化庁の資料でも、文化財保護法第1条の目的は「文化財を保存し、その活用を図ること」であり、さらに政府・地方公共団体には、文化財の保存が適切に行われるよう法律の趣旨の徹底に努める責務があると整理されている。
一方で、実務上きわめて重要であるはずの「保管」については、保存修理のように独立した制度や費目として見えやすいとは限らない。
そこで本稿では、文化庁の通知・報告書と、自治体の公表予算資料をもとに、文化財行政における「保管」の位置づけを整理してみたい。

文化庁は「保管」を必要な業務として明確に位置づけている
まず確認しておきたいのは、文化庁自身が、埋蔵文化財の出土品や記録類について、適切な保管と管理が必要であると明確に示していることだ。
文化庁の平成15年通知では、発掘調査によって得られた出土品や図面・写真等の記録類について、「適切に保管し,活用することが必要」とされ、各教育委員会に対して、保管施設の防災や保管状況の確認を求めている。
また、文化庁の「出土品の保管について(報告)」でも、平成9年通知の基本的考え方として、出土品を一定の基準に基づいて区分し、その区分に応じて保管・管理その他の取扱いを行うこと、保存・活用の必要性があるものについては、その重要性等に応じて適切な方法で保管・管理を行うことが示されている。
つまり、「保管」は制度外の雑務ではない。
文化庁の通知・報告レベルでは、すでに文化財保護行政に不可欠な実務として位置づけられている。
問題は、「保管」が予算上は見えにくいこと
ここで難しいのが、保管の必要性は公的に認識されていても、予算上は必ずしも“保管費”として見えやすくないという点だ。
自治体の予算資料を見ると、文化財関係の支出は一般に「文化財保護費」「博物館費」「埋蔵文化財保存活用事業費」「収蔵施設整備事業」など、さまざまな名称の事業・科目で計上されている。たとえば佐倉市の令和6年度予算要求資料では、出土遺物を適切な環境で保管し将来にわたり活用するための事業が、教育費-社会教育費-文化財保護費の中の「埋蔵文化財収蔵施設整備事業」として計上されている。
同資料では、内訳として光熱水費、修繕料、警備委託料が示されているが、独立した「保管費」という科目名ではない。つまり、保管に必要な費用は存在していても、それは施設管理費や整備費として現れる。
また埼玉県の令和8年度予算見積調書では、「さきたま史跡の博物館管理費」の事業概要に、国宝出土品等の保管と、資料の収集保護活用の円滑化が明記されているが、ここでも科目名はあくまで博物館管理費である。
同じく埼玉県の「埋蔵文化財保存活用事業費」では、文化財収蔵施設を維持・管理するとともに、県に所有権が帰属した文化財の整理・保存を進める事業として計上されている。ここでも、保管・整理・保存・活用は事業として存在するが、単純な一行の「保管費」として切り出されているわけではない。
こうした公表資料を見る限り、文化財の保管に関わる費用は、
文化財保護費
博物館管理費
埋蔵文化財保存活用事業費
収蔵施設整備事業
などの中に分散して現れる例が確認できる。

「保管費が見えない」と、何が起こるのか
この構造の問題は、単に勘定科目の名前の問題ではない。
保管のコストと課題が、行政の中で把握されにくくなることにある。
たとえば、収蔵庫の維持費は施設管理費に、出土品の整理は調査・整理事業費に、台帳化や検索体制は別の事務費やシステム費に、という形で分かれて計上されれば、「文化財保管に年間いくら必要なのか」を単独で見通すことは難しくなる。これは個々の自治体で事情が異なるとしても、少なくとも公表予算資料の見え方としては十分起こりうる構造だといえる。これは上記の複数の自治体・都道府県資料から導ける実務上の推測である。
そして、保管の実態が見えにくいと、問題もまた「見えにくく」なる。
文化庁の報告では、平成7年3月時点で地方公共団体に保管されていた出土品総量は約459万箱に達し、約53%が暫定的施設に保管され、約53%が床に積み上げられていた。また未整理のものが約40%を占めていたとされている。さらに文化庁は、施設整備や整理促進が早急に取り組むべき課題だとしている。
もちろんこの数値自体は古い調査に基づくものだが、少なくとも文化庁が早い段階から、保管施設・整理体制・情報管理を一体の行政課題として把握していたことは読み取れる。
「保存」と「保管」は近いが、同じではない
文化財行政では、「保存」と「保管」がひとまとめに語られることが多い。
しかし、実務上は両者は重なりつつも同義ではない。
文化財保護法や文化庁資料では、「保存」と「活用」が大きな制度言語として整理されている。一方、埋蔵文化財の出土品については、文化庁通知や報告書の中で、より具体的に保管・管理が問題化されている。つまり制度の大きな枠組みとしては「保存」が前面に立ち、日常実務のレベルでは「保管・管理」がその中身を支えている。
この違いは重要だ。
なぜなら、修理や保存処理は事業として認識されやすい一方で、保管はしばしば「置いておくこと」と誤解されやすいからだ。
しかし文化庁の報告を読むと、保管とは単なる置き場の問題ではない。
出土品をどう区分するか、どこに置くか、どう検索できるようにするか、どのような施設・設備を備えるか、どのような専門職員体制を置くか、まで含めた継続的な管理の仕組みとして捉えられている。
本当に必要なのは、「活用の前提」として保管を捉え直すこと
近年、文化財行政では「活用」が強く求められている。
それ自体は、文化財保護法の趣旨とも整合する。文化庁も、文化財の保存と活用を制度の基本としている。
ただし、活用は保管の上にしか成り立たない。
資料が適切な環境で保管されていること。
所在が把握されていること。
検索できること。
必要なときに取り出せること。
劣化や災害のリスクに備えられていること。
これらが揃って初めて、展示・研究・教育普及・地域活用は実現できる。文化庁の報告でも、出土品の適切な保管・管理には、情報管理システムの整備、恒常的施設の充実、専門的知識を持つ職員体制が必要だとされている。
つまり、保管は活用の後ろにある裏方業務ではなく、
活用の前提条件そのものだ。
見えにくい「保管」という基盤
ここまで見てくると、文化財の保管に関する費用は、行政の中に「存在しない」のではない。
むしろ、存在しているが、複数の事業・科目に分かれており、見えにくいのである。
そして、その見えにくさは、保管を後回しにしやすい構造ともつながる。
保管施設の確保、整理作業、台帳整備、検索システム、防災、空調、警備、職員体制。これらはどれも文化財を未来へ引き継ぐために欠かせないが、予算書の上では別々の場所に現れやすい。結果として、「保管体制そのもの」を政策課題として捉えにくくなる。これは上記の公表予算資料の構造から導かれる整理である。
文化財を将来へ継承するとは、展示やイベントを増やすことだけではない。
その前提として、資料と情報を継続的に管理し、必要なときに活かせる状態を守ることでもある。文化庁の通知や報告書が繰り返し示してきたのも、まさにその点だ。
なお、文化財の保管をめぐる議論は、収蔵庫不足や遺物選別の問題とも密接に関係している。近年、「文化財廃棄問題」として取り上げられる論点の背景にも、こうした保管体制とその費用構造がある(文化財を捨てる前に考えるべきこと)。
文化財の保管について、まずは相談を
文化財の保管に関する悩みは、単なる「倉庫不足」では終わらない。
どこに置くかだけでなく、どう整理するか、どう検索できるようにするか、どう安全に維持するか、どう将来の活用につなげるかまで含めて考える必要がある。これは文化庁の報告でも、施設整備・整理促進・情報管理・専門職員体制を一体で考えるべき課題として整理されている。
文化財の保管は、個別の施設や倉庫の問題ではなく、制度・予算・体制を含めた全体の設計の問題でもある。
それぞれの現場の状況に応じた整理が必要になる。
CPSUSでは、文化財の収蔵・整理・管理体制に関する相談を受け付けています。
自治体、博物館、地域団体、資料保管の現場で課題を抱えている方は、まずは現状整理の段階からでもご相談ください。
「活用の前にある保管」を、どう整えるか。
その視点から、一緒に考えていければと思います。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
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参考資料
文化庁「埋蔵文化財の発掘調査に係る出土品・記録類の適切な保管・管理について(平成15年1月20日 14財記念第107号)」
文化庁「出土品の保管について(報告)」
文化庁「第3章 出土品の保管・管理の現状と課題及び改善方策」
文化庁「文化財に関する基礎資料」
文化庁「文化財保護法に基づく文化財保存活用大綱・文化財保存活用地域計画作成等に関する指針(R7.3改訂)」
文化庁「博物館の収集方針に関する調査研究」
佐倉市「令和6年度 当初予算要求事業内容説明書 埋蔵文化財収蔵施設整備事業」
埼玉県「令和8年度予算見積調書 さきたま史跡の博物館管理費」
埼玉県「令和8年度予算見積調書 埋蔵文化財保存活用事業費」
文化財の「廃棄」
日本では、文化財の「廃棄」は長く正面から語られにくいテーマだった。
しかし今、収蔵庫不足、出土品の増加、整理の遅れという現実のなかで、「文化財廃棄問題」は避けて通れない論点として浮上しつつある。
ただし、最初に確認しておきたい。
この問題の本質は、単純な「捨てる・捨てない」の二択ではない。
本当に問われているのは、増え続ける文化財を、どのような基準と手続、記録のもとで整理し、分類し、保管していくのかということだ。
実際、文化庁の近年の博物館関係資料では、収蔵庫不足や資料収集ができないという課題を抱える博物館が約7割にのぼるとされ、その多くが基礎自治体の公立館だと説明されている。さらに、近年の博物館制度見直しの議論では、「博物館資料の再評価に基づく交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等を含めた資料管理」が公的な議論の俎上に上がり、廃棄をめぐる問題が可視化されつつある。
日本で先に深刻化したのは「廃棄」ではなく「保存と管理の限界」
ここで整理しておきたいのは、日本で先に深刻化したのは、あくまで「収蔵庫不足」と「資料増加」の問題であって、最初から「廃棄」を中心に制度が組まれてきたわけではないということだ。
文化庁の「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」や関連報告では、埋蔵文化財行政をめぐる課題として、出土品の増加、整理作業の負担、保管施設の問題が繰り返し示されている。
つまり、日本の文化財政策が直面してきた主問題は、まず保存と管理の限界なのである。
数字で見る出土文化財の増加と収蔵の逼迫
この点は、数字で見るとさらに重い。
文化庁の「出土品の取扱いについて(報告)」では、平成7年3月現在で、地方公共団体に保管されている出土品は約459万箱とされ、平成2年度から6年度までは年間約30万箱ずつ増加していると整理されている。さらに同報告では、恒常的保管施設にあるのは約47%、暫定的施設が約53%で、そのうち相当数が軽量プレハブやテント等の簡便な施設に置かれていたことも示されている。
その後も問題は改善どころか累積していく。
文化庁の「出土品の保管について(報告)」では、平成15年時点の全国の保管量は6,666,151箱と整理されている。そしてさらに近年の文化庁予算資料では、全国の出土品総数はコンテナで880万箱にのぼり、保管問題が深刻化していると明記されている。
これは単なる印象論ではなく、国の資料が「増え続けている」と認識しているということだ。

全国統一の詳細基準はあるのか
では、この膨大な資料は、誰がどう判断しているのか。
ここで重要なのが、「全国一律の細かな実務基準が前面に出ているわけではない」という制度の構造だ。
文化庁の埋蔵文化財ページでは、周知の埋蔵文化財包蔵地に関する取扱い方法は、都道府県・政令指定都市等の教育委員会が決めるとされている。また、文化庁の過去報告群は、出土品の取扱いについて報告や通知を出しているが、実務では都道府県・自治体ごとの基準整備が進められてきたことが確認できる。
つまり、「全国的に統一された基準があるのか」という問いに対しては、少なくとも今回確認できた公的資料の範囲では、文化庁が大枠を示し、各地域が具体的に運用する構造が前面に出ている、というのが最も正確だ。
これは、「担当者の価値観だけで決まる」とまでは断言できない。
実際、県レベルでは文書化された基準があるからだ。
だが逆に言えば、地域ごとの差が入り込む余地が大きいことも否定できない。

自治体ごとの選別基準はどのように作られているのか
福島県・新潟県・長野県の基準に見えるもの
実例を見てみよう。
福島県の「出土品の取扱い基準」は、平成9年の文化庁次長通知に基づき定められたもので、出土品を「将来にわたり保存を要し、活用の可能性のあるものか等の視点」から分類するとしている。
新潟県の基準も同じく平成9年通知に基づき、「保存し、活用を図る必要性・可能性」の観点から区分する仕組みを採っている。
長野県も、出土品の取扱いを基準に基づいて行うこと、取扱いを決める時期は発掘時・整理時・それ以降の適切な時期とすること、さらに「保管しない」とした出土品についても展示・復元・遺跡の特徴づけ・報告書掲載等の場合は保管を考慮することが望ましいとしている。
ここで見落としてはならないのは、これらの基準がいずれも、「選別そのものを否定していない」一方で、同時に慎重な手続や保存・活用可能性の判断を求めていることだ。
つまり現場では、「全部一律保存」でもなければ、「不要だからすぐ廃棄」でもない。
保存原則を前提にしながら、どこまでを、どのような記録と根拠のもとに残すのかが問われている。
新潟県の基準が示す現実
特に新潟県の基準は、この現実をかなり具体的に映している。
新潟県は、発掘調査等による出土品の効率的で適正な取扱いを図るための標準的基準を定めたうえで、同種類・規格性のあるものが大量に出た場合など、必要な記録を前提に一定量保管という発想を採っている。
ここから読み取れるのは、すでに現場では「何をどう残すか」が避けられない実務になっているということだ。
なぜ文化財の廃棄はこれほど扱いづらいのか
では、なぜこのテーマがここまで扱いづらいのか。
それは、文化財が本質的に再現不能な一次資料だからだ。
埋蔵文化財は、一度掘れば元に戻らない。
現場を掘削するという行為そのものが不可逆であり、出土した遺物は記録保存とあわせて、将来の研究や展示、地域の記憶を支える実物資料になる。
だからこそ、日本の制度は長く「保存」を中心にしてきたし、長野県の基準でも「保管しない」としたものにすら再考の余地が残されている。
保存原則だけでは現実は回らない
しかし、保存原則だけでは現実は回らない。
文化庁の2025年「博物館の収集方針に関する調査研究」では、すでに各館で、収蔵庫がほぼ満杯、廃校利用や展示スペース転用による応急対応、正規収蔵庫以外での分散保管、受入れ段階からの厳格な選別などが行われていると記されている。しかも報告書は、それでも根本的解決には至っていないとする。
収蔵庫不足は、将来の懸念ではなく、現在進行形の運営問題である。
さらに、自治体レベルでは収蔵そのものが独立した行政課題になっている。
たとえば岐阜県の「文化財保護センター収蔵庫再整備事業費」資料では、保管している埋蔵文化財が地方公共団体の任務として適切保存を要するものであり、代替施設確保のための調査を行うと説明されている。
これは、収蔵庫不足が単に学芸員や研究者の悩みではなく、行政財政上のテーマになっていることを示す。
海外では「廃棄」ではなく「責任ある管理」として議論されている
ここまでくると、「文化財廃棄問題」を単純な賛成・反対で語ることが危険だとわかる。
本当に問うべきなのは、捨てるか、捨てないかではない。
問うべきなのは、どのような基準と記録と手続のもとで、資料を整理し、分類し、管理するのかである。
海外では、この論点は「deaccession(除籍・除去)」として、もう少し制度化されている。
ICOMは deaccessioning を「博物館コレクションから法的に適正に資料を除く行為」と定義し、法律が許す場合でも理由や手順、倫理性が必要だとしている。
イギリスのMuseums Associationも、処分対象資料について学芸的レビュー、公的機関への提供、透明な手続などを求めている。
アメリカのAAMも、法的制約がなく、館の方針と分野共通の倫理原則に従う場合に限って、deaccessioning は論理的かつ責任ある実務になりうるとしている。
つまり海外では、「廃棄そのもの」ではなく、「透明で責任あるコレクション管理」の文脈で議論されている。
日本でも避けられない議論になりつつある
日本でも今後、こうした議論は避けられないだろう。
実際、文化庁の博物館ワーキンググループ資料では、「交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等を含めた博物館資料の管理の在り方」が盛り込まれる一方で、廃棄については特に慎重に行うべきこと、安易な廃棄を推奨しているわけではないことが明確化された。
これは裏を返せば、国もまた、収蔵庫問題と資料管理の現実に向き合わざるを得なくなっているということだ。
「全部保存」か「選別して捨てる」か、その二択ではない
私たちは、ここで議論を二択にしてはいけない。
「全部保存」か、「選別して捨てる」か。
その二択のあいだには、まだ大きな空白がある。
それが、整理しながら保管するという発想だ。

必要なのは「整理しながら保管する」仕組み
資料の再評価をする。
記録を整える。
写真やデータを結びつける。
箱単位・群単位・資料群単位で管理し、アクセス可能性を上げる。
どこに何があるかわからない「あるけれど使えない資料」を、「残しながら使える資料」に変えていく。
この中間地帯の整備こそ、本来先に進めるべきことではないか。
文化財は、一度失えば戻らない。
しかし、整理されず、所在も不明確で、活用もできないまま積み上がっていく状態もまた、文化財を社会から遠ざける。
だから必要なのは、感情論としての保存主義でも、拙速な処分論でもない。
必要なのは、整理・分類・記録・保管を一体で考える仕組みである。
文化財廃棄問題とは、実は「何を捨てるか」の問題ではない。
それは、「何をどう残せる社会をつくるか」という問いである。
そして、その前提となるのが、文化財の保管体制と、その費用構造である。文化財の「保管費」が行政の中でどのように位置づけられているのかについては、別稿で整理している(文化財の「保管費」はどこにあるのか)。
そしてその問いに答えるためには、文化庁、自治体、博物館、研究者、そして民間の実務者が、もっと正面からこの問題を共有する必要がある。
CPSUSとして考えること
私たちCPSUSは、文化財の保管・整理・活用支援に取り組む立場から、この問題を「廃棄の是非」ではなく、「整理・分類・記録・保管の仕組みをどう整えるか」という課題として捉えている。
文化財を捨てる前に、本当に必要なのは何か。
それは、量の問題を見える化し、基準と手続を整え、資料を使える状態に戻していくことだ。
文化財廃棄問題をめぐる議論は、今後さらに広がっていくだろう。
だからこそ私たちは、「捨てる前に整理する」「失う前に記録する」「残せる形に整える」という視点を、社会の中で共有していく必要がある。
文化財の保管について、まずは相談を
CPSUSでは、文化財の収蔵・整理・管理体制に関する相談を受け付けています。
自治体、博物館、地域団体、資料保管の現場で課題を抱えている方は、まずは現状整理の段階からでもご相談ください。
「整理しながら保管する」仕組み。
その視点から、一緒に考えていければと思います。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
関連記事
国立博物館に『収入目標65%』の衝撃ー文化財政策はどこへ向かうのか
文化財はなぜ社会問題にならないのか ― 見えにくい文化財の課題
そのほかのコラム
参考資料
- 文化庁「出土品の取扱いについて(報告)」
- 文化庁「出土品の保管について(報告)」
- 文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
- 文化庁「博物館の収集方針に関する調査研究」
- 文化庁「パブリック・コメント(意見公募手続)を受けての修正案について」(博物館ワーキンググループ第6回資料)
- 福島県教育委員会「出土品の取扱い基準」
- 新潟県教育委員会「出土品の取扱い基準」
- 長野県「出土品の取扱いについて(別表『出土品の取扱い基準』)」
- 岐阜県「文化財保護センター収蔵庫再整備事業費」
- ICOM, Guidelines on Deaccessioning of the International Council of Museums
- Museums Association, Off the Shelf: a toolkit for ethical transfer, reuse and disposal
- American Alliance of Museums, Collections Management Policy
- American Alliance of Museums, Direct Care of Collections: Ethics, Guidelines, and Recommendations