法律に明記されていない「原因者負担」の成り立ち
埋蔵文化財包蔵地で開発事業を行い、遺跡を現状のまま保存できない場合には、記録保存のための発掘調査が行われる。
その費用については、発掘調査の原因となった開発事業者が負担する「原因者負担」が原則であると説明されることが多い。
自治体の文化財担当者にとっては、日々の事業者協議の中で繰り返し使う、なじみのある考え方だろう。
しかし、文化財保護法を確認すると、
「開発事業者は、発掘調査費用を負担しなければならない」
という規定が、そのまま条文に書かれているわけではない。
それでは、現在の原因者負担は、何を根拠として運用されているのだろうか。
原因者負担の仕組みは、文化財保護法の一つの条文によって完成したものではない。高度経済成長期の大規模開発を背景に、文化財保護委員会の通知、公共事業者との覚書、文化財保護法の改正、行政指導、裁判例などが積み重なり、現在の形へと定着してきた。
今回は、その経緯を整理する。
文化財保護法に書かれていること
文化財保護法では、周知の埋蔵文化財包蔵地で土木工事などを行おうとする場合、民間事業等については事前の届出、国の機関等が行う事業については事前の通知が必要とされている。
現在の文化財保護法第93条は民間事業等に伴う届出、第94条は国の機関等が行う事業に伴う通知について定めている。
届出や通知があった場合、文化財保護法に基づき、埋蔵文化財の保護に必要な指示や協議等が行われる。協議の結果、遺跡を現状のまま保存できない場合には、工事に先立って発掘調査を行い、図面、写真、出土品、報告書等によって記録を残す「記録保存」が行われる。
埋蔵文化財包蔵地で工事を行う際の届出・通知や、埋蔵文化財を保護するための措置、記録保存のための発掘調査には、文化財保護法上の制度的な根拠がある。一方、その調査費用を事業者が負担する仕組みは、法律の条文だけで完結しているわけではない。
文化庁の現在の説明でも、記録保存調査の経費について、事業者に負担を「命じる」とは表現せず、「開発事業者に協力を求めています」としている。
高度経済成長期に生まれた事業者負担
現在の事業者負担の出発点として位置付けられているのが、昭和39年2月10日付けの文化財保護委員会通知、
「史跡、名勝、天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」
文委庶第14号
である。
昭和39年は1964年、東京オリンピックが開催された年である。
この時期、日本では道路、鉄道、住宅団地、公共施設、都市開発などの大規模事業が急速に進められていた。開発予定地に遺跡が含まれる事例も増え、文化財の保存と国土開発をどのように調整するのかが、現実の行政課題となっていた。
文化財保護法はすでに存在していたものの、急増する開発事業に対して、
- どの段階で開発部局と文化財部局が協議するのか
- 遺跡を保存できない場合に誰が調査するのか
- 発掘調査費用を誰が負担するのか
といった具体的な運用は、十分に整っていなかった。
そこで昭和39年通知では、関係省庁に対し、埋蔵文化財包蔵地等の取扱いについて大きく三つの考え方が示された。
第一に、埋蔵文化財包蔵地等は、原則として事業計画から除外し、現状のまま保存すること。
第二に、やむを得ず事業計画から除外できず、現状保存が不可能な場合には、次善の策として発掘調査を行い、記録を保存すること。
第三に、その発掘調査は事業者の負担で行うこと。
文化庁の令和3年の調査研究委員会報告でも、この昭和39年通知が、開発事業に伴う発掘調査と費用負担の出発点として整理されている。
ここで重要なのは、事業者負担だけを切り離して理解しないことである。通知が最初に示した原則は、発掘調査をして遺跡を壊すことではなく、事業計画を変更してでも現状保存することであり、事業者負担による発掘調査は、それがどうしてもできない場合の「次善の策」として位置付けられていた。
原因者負担は、単に「遺跡があれば開発者が費用を払って掘る」という仕組みとして始まったのではなく、まず保存を検討し、それが不可能な場合に限って、開発によって失われる遺跡の記録を事業者負担で残すという、保存と開発の調整方法として生まれたのである。
公団等との覚書によって具体化された運用
昭和39年通知が出された後、文化財保護委員会等は、大規模開発を行う公共的な事業主体との間で、埋蔵文化財の取扱いに関する覚書を締結していった。
昭和40年には日本住宅公団、昭和41年には日本鉄道建設公団、昭和42年には日本国有鉄道および日本道路公団との間で、順次覚書が交わされている。
このことからも、原因者負担の仕組みが、当初から現在のような民間開発全般を対象とする統一制度として完成していたわけではないことが分かる。
最初に想定されていたのは、住宅団地、高速道路、鉄道など、高度経済成長期の大規模な公共開発であった。
通知だけでは処理しきれない実務について、個別の公共事業者との覚書によって、
- 事業計画の事前協議
- 遺跡の取扱い
- 発掘調査の実施
- 調査費用の負担
などを具体化していったのである。
このように、原因者負担は、法律によって一度に制度設計されたものではなく、現場で発生する開発と保存の衝突を処理するために、通知と覚書を重ねながら形成された。
昭和50年改正で法制化されたもの、されなかったもの
昭和50年には、文化財保護法の大きな改正が行われた。
この改正によって、国の機関等が周知の埋蔵文化財包蔵地で事業を行う場合の通知や、文化財保護部局との調整に関する仕組みが法律に組み込まれた。現在の文化財保護法第94条につながる制度である。
言い換えれば、公団等との覚書や、それまでの行政実務の中で行われてきた「開発事業を実施する前に文化財部局と協議する」という手続の一部は、昭和50年改正によって法制化された。しかし、発掘調査費用を事業者が負担すること自体は、この改正でも明文化されなかった。
この違いは重要である。現在の原因者負担について、「文化財保護法に基づく制度」と説明することは間違いではない。発掘調査を必要とする保護措置や、事業者と行政との協議は、文化財保護法を基礎としているからである。一方で、「文化財保護法に、事業者が費用を負担する義務が明記されている」と説明するのは正確ではない。
民間開発にも広がった原因者負担
公共事業との調整から始まった事業者負担は、その後、民間開発にも広く適用されるようになった。
昭和56年の文化庁通知「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」や、平成10年の文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」などを通じ、都道府県教育委員会等が開発事業者に発掘調査費用の負担を求める運用が整理されていった。
平成10年通知では、埋蔵文化財は国民共有の財産であり、本来は現状保存することが望ましいこと、開発事業によって現状保存できなくなる場合には、その原因となった事業者に記録保存調査への協力を求めるという考え方が示されている。
現在は、民間事業であれば民間の開発事業者、公共事業であれば道路、河川、建築等を所管する公共事業部門が、それぞれ開発事業費の中から発掘調査費用を負担する運用が一般的である。
したがって、「公共事業の発掘調査費は公費だから、原因者負担ではない」というわけではない。
文化財担当部局が文化財保護予算として負担するのではなく、道路や施設を整備する事業部門が、開発の原因者として事業費から負担するのであれば、仕組みとしては原因者負担である。
ただし、個人が営利を目的とせず行う住宅建設など、事業者に調査費用の負担を求めることが適当でない場合には、国庫補助等の公費によって発掘調査を行う制度も設けられている。
つまり、すべての発掘調査が一律に事業者負担となっているわけではないものの、開発事業に伴う記録保存調査については、民間・公共を問わず、事業を行う側が費用を負担することが現在の基本となっている。
裁判所は原因者負担をどう判断したのか
原因者負担の実務を支えてきたものの一つに、裁判例がある。
府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件に関する東京高等裁判所昭和60年10月9日判決では、埋蔵文化財包蔵地で開発を行う事業者に対し、発掘調査費用の負担を求める行政指導が争われた。
裁判所は、行政指導そのものには法的な強制力がないことを前提としながら、埋蔵文化財包蔵地には文化財保護のための公共的な制約が内在しているとした。
そのうえで、発掘調査の指示が文化財保護法の趣旨を逸脱するほど不当なものでなく、費用負担が不当に過大でなければ、事業者が一定の経済的負担を負うことは受忍すべき範囲にあると判断した。文化庁の令和3年報告でも、この判決は、開発事業者に一定の負担を求めることが認められた裁判例として整理されている。
ただし、この判決も、「文化財保護法に事業者の費用負担義務が定められている」と判断したわけではない。行政指導として費用負担を求めることが、一定の条件のもとで違法・不当ではないと判断したものであり、原因者負担という法定義務を新たに作ったのではなく、通知と行政指導によって形成されてきた運用に一定の合理性を認めたと理解する方が正確である。
原因者負担には根拠がないのか
ここまでの経緯を踏まえると、
「原因者負担には法律上の根拠がない」
とだけ説明するのも正確ではない。
現在の原因者負担は、次のような制度と実務の積み重ねによって支えられている。
- 文化財保護法に基づく届出・通知と保護措置
- 昭和39年通知
- 公団等との覚書
- 昭和50年の文化財保護法改正
- 昭和56年、平成10年等の文化庁通知
- 都道府県・市町村の要綱や取扱基準
- 行政指導
- 裁判例
- 長年にわたる実務慣行
一方で、
「文化財保護法に、原因者負担が明記されている」
という説明も正確ではない。
原因者負担は、文化財保護法に明記された単純な金銭支払義務ではない。
文化財保護法に基づく埋蔵文化財保護の仕組みを土台として、通知、覚書、行政指導、裁判例、長年の実務によって形成され、定着してきた制度である。
制度の成り立ちを確認する意味
原因者負担は、すでに60年以上にわたり運用されている。
自治体の文化財担当者にとっては、あまりにも日常的な仕組みであるため、その成り立ちを改めて確認する機会は少ないかもしれない。
しかし、成立過程をたどることで、現在の制度が持ついくつかの特徴が見えてくる。
第一に、本来の原則は、発掘調査を行って遺跡を失うことではなく、事業計画から除外して現状保存することであった。
第二に、事業者負担による記録保存調査は、現状保存ができない場合の次善の策として始まった。
第三に、費用負担は、文化財保護法の条文だけで直接定められたものではなく、高度経済成長期の開発事業との調整の中で形成された。
こうした経緯を確認することは、現在の実務を否定するためではない。
事業者に費用負担を求める際、その根拠や性質を正確に説明するためにも必要である。また、どこまでを事業者負担として求めるのか、どのような手続で合意を形成するのかを考える際にも、制度が行政指導と協力を基礎として成立していることを理解しておく意味は大きい。
原因者負担を「昔からそうなっているから」とだけ説明するのではなく、現状保存を原則としながら、開発との調整の中で生まれた仕組みとして捉え直す。
それが、現在の埋蔵文化財行政を、より正確に理解する第一歩になるのではないだろうか。
参考資料
- 文化庁「埋蔵文化財」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/maizo.html - 文化財保護委員会「史跡,名勝,天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」昭和39年2月10日付け文委庶第14号
※全文は下記・文化庁令和3年報告内に引用されている形で確認 - 文化庁「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」昭和56年2月7日付け庁保記第11号
※下記・平成10年通知内での言及により確認 - 文化庁「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(通知)平成10年9月29日、庁保記第75号
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/hokoku_03.pdf - 文化庁「道路事業に伴う発掘調査の位置づけと発掘調査費用について」(報告)令和3年11月30日
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/93600501_01.pdf
※昭和39年通知の全文引用、覚書の年次、昭和50年改正の内容、東京高裁判決の位置づけ等 - 東京高等裁判所昭和60年10月9日判決(府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件、判例時報1167号)
※事件名・判例誌の書誌情報は下記・日本不動産学会誌の論文で確認 - 「埋蔵文化財包蔵地における土地利用減退の推計」『日本不動産学会誌』第30巻第3号(2016年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/30/3/30_25/_pdf
※府中市事件の事件名および判例掲載情報(判例時報1167号)の確認に使用
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発掘調査の現場では、熱中症、転倒・滑落、掘削面の崩壊、重機との接触など、屋外作業に特有の危険が日常的に存在している。 それにもかかわらず、文化財の現場では、安全管理がどこか「建設業の話」として扱われ、自分たちの課題として十分に捉えられていない場面がないだろうか。とくに自治体の文化財課が主体となって発掘調査を行う場合、この認識のずれは見過ごせない。発掘調査は建設工事ではないが、人が働く現場であることに変わりはない。
文化財の調査に携わっていると、「発掘調査は工事ではないのだから、建設現場ほど厳密な安全管理を持ち込むのは違うのではないか」という空気に触れることがある。もちろん、発掘調査は文化財の記録保存や学術的検討を目的とするものであり、土木工事と同一ではない。だが、作業の現実はどうか。掘削面の近くで人が動き、段差のある場所で歩き、炎天下で長時間作業し、資機材を運び、ときに機械も使う。その現場から危険だけが消えるわけではない。分類の問題と、現場に危険があるかどうかは別である。 ここを曖昧にすると、安全管理はいつまでも「できればやるもの」のままで、「やらなければならないもの」にならない。
文化財の現場だけが安全管理の外にあるわけではない
文化庁が平成16年に示した「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準」は、この点をかなり率直に書いている。そこでは、発掘作業について、「その性格上、常に土砂崩壊、感電、高所からの転落等の危険を伴うため、労働安全衛生法等に基づいた安全基準を遵守して事故のないように配慮しなければならない」 と明記している。ここで重要なのは、文化財行政の文書そのものが、発掘作業を「文化財の仕事だから安全管理の論点が薄い仕事」として扱っていないことである。危険があることを前提にし、そのうえで安全基準の遵守を求めている。つまり、文化財の現場だけが安全管理の外にあるという理解は、少なくとも行政文書の整理とは整合しない。
この話は、民間の発掘調査会社だけに向けられたものではない。むしろ、いま問い直す必要があるのは自治体の文化財課の側である。民間の調査会社は、開発事業に伴う調査のなかで、発注者や元請企業の要求に応じて安全書類、朝礼、危険予知活動、作業手順の確認などを運用していることが少なくない。もちろん、それで十分とは限らないが、「安全管理をするのが普通である」という現場感覚に触れる機会は比較的多い。それに対して、自治体が直営で行う発掘調査や、教育委員会主導で組み立てている現場では、「行政の調査である」「文化財の仕事である」「工事ではない」という認識の延長で、安全管理が実務の中心から少しずつ外れやすい。誰も反対していないのに、日々の運用には落ちていない。文化財の現場で安全管理が弱くなるとすれば、むしろこの場所ではないかと思う。
自治体の発掘調査にも、安全衛生管理の視点は必要である
ここで一度、自治体職員への法令のかかり方を正確に整理しておきたい。地方公務員については、埼玉県人事委員会も山梨県人事委員会も、原則として労働基準法及び労働安全衛生法などの労働基準関係法令が適用される と説明している。一方で、地方公務員法等により一部規定には適用除外があり、また監督機関も、民間企業のように一律に労働基準監督署ではない。非現業の一般職については人事委員会やその委任を受けた機関が、現業的な職場等では労働基準監督署等が関わる場合がある。つまり、「自治体だから労働安全衛生法とは無関係」ということではないが、「民間と全く同じ単純な構図」とも言い切れない。ここは雑に断定せず、自治体にも安全衛生管理体制を整える責任がある、と捉えるのが正確である。
この整理が大事なのは、発掘調査の現場が正規職員だけで成立しているわけではないからである。会計年度任用職員、短期雇用の作業員、アルバイト、外部の技術者など、さまざまな立場の人が現場に入る。掘削、運搬、洗浄、記録、片付けと、調査に必要な作業は細かく分かれているが、その一つひとつは、結局のところ現場で働く人の身体によって支えられている。制度理解が曖昧なまま、「行政だから少し事情が違う」「工事ではないからそこまでしなくてもよい」という感覚で現場を回すと、いちばん危険にさらされやすい人たちの安全が抜け落ちる。文化財調査は公益性の高い仕事だが、その公益性は、現場で働く人の危険を見えにくくしてよい理由にはならない。
そして、この問題はいま法令の次元でも動いている。厚生労働省が公表している令和7年法律第33号の概要では、労働者と同じ場所で働く個人事業者等を労働安全衛生法による保護の対象及び義務の主体として位置づけ、注文者等や個人事業者等自身が講ずべき各種措置を定めた とされている。発掘調査の現場では、フリーランスや外部の技術者、短期的に入る作業従事者が業務を支えることが少なくない。そうである以上、この改正は建設業だけの話でも、民間企業だけの話でもない。発注者、管理者、現場責任者が、現場に立つ人の属性を問わず安全衛生上の対応を整理しておく必要性は、これまで以上に高まっている。
小規模な現場ほど、手順と記録が重要になる
では、安全管理とは具体的に何を指すのか。ここで言う安全管理は、ヘルメットを着用する、熱中症に注意するといった単発の注意喚起だけを意味しているのではない。作業開始前にその日の内容と危険箇所を確認すること、役割分担を明確にすること、異常時の連絡先や搬送先を決めておくこと、作業後にヒヤリとしたことを記録して残すこと、初めて入る人に現場ルールを説明すること、そうした運用全体を指している。安全管理は、事故が起きてから反省するためのものではなく、起きる前から現場を整えるためのものである。
このとき、よく出てくるのが「うちは小規模だから、そこまで本格的なことはできない」という感覚である。たしかに、業種や人数によって、法令上の選任義務や必要な体制には違いがある。そこを一律に語るべきではない。だが、だからといって、小規模な現場で日々の確認や記録まで不要になるわけではない。むしろ少人数の現場ほど、一人の体調不良や一度の転倒が、その日の作業全体に直結する。現場責任者が複数の役割を兼ねている場合はなおさらで、手順や連絡体制を文書や掲示で共有しておかないと、異常時の判断が属人化しやすい。規模が小さいことは、安全管理をしなくてよい理由ではなく、曖昧な運用を避ける理由になる。
熱中症対策は「気をつける」では済まなくなった
この問題を、いま最もはっきり突きつけているのが熱中症対策である。厚生労働省は、改正労働安全衛生規則により、令和7年6月1日から、熱中症のおそれがある作業について新たな義務を課した。 対象となるのは、暑さ指数(WBGT)28度以上又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの とされている。そして事業者には、熱中症の自覚症状がある作業者や、そのおそれがある作業者を見つけた者が報告するための体制をあらかじめ定めて周知すること、さらに作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察又は処置、緊急連絡網や搬送先の確認など、重篤化を防ぐために必要な措置の内容と実施手順を定めて周知することが義務付けられた。これは、発掘調査の夏季作業を念頭に置いて読んでも、かなり直接的な改正である。
ここで大事なのは、この改正が単なる「水分補給をしましょう」という話ではないという点である。誰が異常を発見するのか、異常を感じた本人や周囲は誰に報告するのか、どこで休ませるのか、どう冷却するのか、救急搬送が必要な場合はどうするのか。そこまで含めて、現場で共有された手順として整えておくことが求められている。発掘調査の現場では、炎天下での長時間作業、遺構面でのかがみ姿勢、マスクや帽子の着用、移動距離の長さなどが重なり、本人が不調を言い出しにくいことも少なくない。だからこそ、「気をつけましょう」で終わらない運用 が必要になる。熱中症対策が法令上も具体的な体制整備の問題として扱われるようになったことは、文化財の現場が従来の感覚のままでは済まない段階に入ったことを示している。
安全管理は、調査の質を支える基盤でもある
ここで見落としてはならないのは、危険そのものよりも、「危険を危険として扱わなくなる慣れ」の方である。掘削面の近くに立つこと、段差の多い場所を移動すること、重い土のうや道具を運ぶこと、暑い日に作業を続けることが、日々の仕事のなかに溶け込むほど、人はそれを特別な危険ではなく「いつものこと」として受け止めやすくなる。だが、文化庁が発掘作業の危険として土砂崩壊、感電、高所からの転落等を明示している以上、発掘現場が本質的に安全な場所であるとは言えない。事故は、極端にずさんな現場でだけ起きるわけではない。むしろ、慣れによって確認が抜け、判断が急がれ、体調不良が言い出しにくくなった現場で起きやすい。だからこそ、毎朝の確認や短い打合せ、危険箇所の共有、動線の見直しといった地味な運用が意味を持つ。危険をなくすことが難しい仕事だからこそ、危険を見えるものとして扱う技術が必要なのである。
安全管理は、文化財調査の本体とは別の、外側の業務だと考えられがちである。だが実際には、安全管理が崩れている現場では、調査そのものの質も崩れやすい。焦っている現場、疲弊している現場、体調不良を言い出しにくい現場では、観察も記録も粗くなる。役割が曖昧で、危険箇所の共有がなく、休止や中止の判断ができない現場では、作業の安定性が失われる。反対に、手順が整理され、責任の所在が明確で、無理を止められる現場では、調査そのものも落ち着いて進む。文化財調査は一度壊した地層を元に戻せない仕事である以上、本来は作業の安定性が強く求められる。その基盤の一部が安全管理である。安全管理は、本体に付随するおまけではなく、調査を成立させる土台のひとつだと考えた方がよい。
自治体の文化財課に必要なのも、まずはこの視点の転換である。安全管理を「建設業の文化」や「民間会社の手続き」として眺めるのではなく、発掘という作業そのものに内在する問題として捉え直すこと。直営調査でも委託調査でも、現場に人が立ち、作業が行われる以上、安全管理は必ず発生する。しかも自治体の場合、予算、人手、日程の制約が厳しいことが多い。だからこそ、「そこまで手が回らない」という気持ちは理解できる。だが、手が回らない現場ほど、属人的な判断に頼りやすく、異常が起きたときに脆い。朝礼でその日の危険箇所を一つ確認すること、作業前に連絡先と搬送先を見直すこと、初めて入る人に禁止事項と手順を説明すること、熱中症時の離脱ルールを決めておくこと。こうしたことは、巨大な仕組みを一気に作らなくても始められる。必要なのは、発掘調査を安全管理の外に置かないという姿勢である。
文化財の調査は、過去を扱う仕事である。けれども、現場で働く人の命と健康は、つねに現在の問題である。そこに「工事ではないから」「小さい現場だから」「行政だから」という言い訳を持ち込んだ瞬間、安全管理は後回しになる。そうではなく、発掘調査は建設工事ではなくても、人が働く現場であることに変わりはない、という当たり前の事実から出発しなければならない。文化財を守る仕事が、人を危険にさらす形で続いてよいはずがない。発掘調査の信頼性を支えるものの一つは、記録の正確さだけではなく、その現場が安全に運営されているかどうかにある。自治体の文化財課にこそ、その視点が改めて求められている。
CPSUSでは、埋蔵文化財発掘調査の現場で必要となる安全管理の考え方や、日々の運用に使う管理書類、法令の適用関係を整理した「発掘調査における労働安全対策マニュアル」 を作成している。安全管理を「何となく大事なもの」で終わらせず、実際の現場で回る形に落とし込むための一つの手がかりとして、今後あらためて紹介したい。
参考資料
CPSUS「発掘調査における労働安全対策マニュアル」
文化庁「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準(報告)」
文化庁「埋蔵文化財」ページ
埼玉県人事委員会「人事委員会が行う労働基準監督業務」
山梨県人事委員会「職員の労働基準監督」
厚生労働省・都道府県労働局「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」
厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)」関連情報
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2026年7月25日、IKE・Biz としま産業振興プラザにて、「縄文アートクッキーをつくろう!〜作って学ぶ豊島の文化財〜」を開催しました。
本ワークショップでは、本物の土器片を観察し、スケッチを行ったあと、その特徴を取り入れた土器形クッキーづくりを体験しました。
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時 | 2026年7月25日(土) |
| 会場 | IKE・Biz としま産業振興プラザ |
| 対象 | 小学5年生以上 |
| 参加人数 | 15名 |
| 主催 | 特定非営利活動法人文化財保管活用支援機構(CPSUS) |
| 後援 | 文部科学省、豊島区教育委員会、公益社団法人日本文化財保護協会、観光考古学会 |
| 助成 | 公益財団法人としま未来文化財団(令和8年度としま文化応援団事業助成) |
| 協力 | 豊島区文化スポーツ部文化事業課(資料提供) |
本物を観察するところから始まるワークショップ
参加者は物の土器片を手に取り、文様や形、土の色や含まれている粒などを観察しました。
観察した内容はスケッチシートにまとめ、「よく見る・考える」体験を行ってから、クッキー制作へ進みました。


観察した特徴をクッキーで表現
観察した土器の特徴をもとに、生地を成形し、縄文の文様を付けて焼き上げました。
完成後は、それぞれの作品を見比べながら、豊島区の文化財について学びました。


参加者全員で記念撮影
最後は参加者全員で完成した作品を持って記念撮影を行いました。
子どもから大人まで、それぞれの視点で文化財を観察し、楽しみながら学ぶ時間となりました。

おわりに
今回の開催にあたり、ご参加いただいた皆さま、ご支援いただいた公益財団法人としま未来文化財団の皆さまに、心より御礼申し上げます。
CPSUSでは、今後も文化財を「見る」「考える」「つくる」体験を通して学ぶワークショップを各地で開催してまいります。
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※現在、満席のためキャンセル待ちを受け付けています。キャンセル待ちをご希望の方は、キャンセル待ちフォームよりお申し込みください。空席が出た場合に順次ご連絡いたします。
公益財団法人ツネイシ財団 助成採択事業

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報道関係者の方へ
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国立機関がクラウドファンディングに踏み切った理由
2026年6月、日本で唯一の国立映画専門機関が、運営費を集めるためクラウドファンディングを始めた。国立機関が、である。「文化は国民共有の財産」と法律は定める。しかし、その財産を守る費用は、誰が負担する制度になっているのだろうか。
同館の2026年度の運営費交付金配分は、前年度から大きく減少した。報道では「国からの交付金減」と伝えられた一方、文化庁は、国から独立行政法人国立美術館全体への運営費交付金は前年度より増額しており、国立映画アーカイブへの配分減は法人内部の配分見直しによるものだと説明している。ただし、いずれにせよ、現場に届く公的運営資金が大幅に減り、「事業で様々な増収策を講じても、光熱水費や人件費などの固定費にも足りない」状況に追い込まれたことは変わらない(日本経済新聞、2026年6月25日)。NHKも同日、「国からの交付金が減額されたため業務の継続が危ぶまれている」と報じた。
特定の作品の復元ではなく、館の運営そのものを社会に問う形での募集は、国立の文化施設の財政構造を考えるうえで象徴的な出来事だった。2023年には国立科学博物館が光熱費高騰を理由に同様の取り組みを行い、9億円超を集めた(日本経済新聞)。二度にわたる「国立機関の資金難」は、文化施設の財政構造をめぐる問いを社会に投げかけている。
ただ、この問いを「一機関の資金繰り」として片付けると、本質を見失う。国立映画アーカイブの苦境は、日本の文化財行政が長年抱えてきた構造問題の、ひとつの露出にすぎない。
「国民共有の財産」と法律には書いてある
文化財保護法第3条はこう定めている。
「政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない」
国と地方公共団体が保存の責務を負うことは、法律の文言上は明確だ。文化財は「国民共有の財産」であり、将来へ継承することが公の義務とされている。
では、その義務を果たすための費用は、誰がどのように負担するのか。ここから先が、日本の文化財行政の見えにくい核心だ。
法律はどこまで費用負担を定めているのか
博物館法第27条はこう定めている。「国は、博物館を設置する地方公共団体に対し、予算の範囲内において、博物館の施設、設備に要する経費その他必要な経費の一部を補助することができる」。
「予算の範囲内」「一部を」「できる」。三つの言葉が重なっている。国が補助する義務は課されておらず、あくまで裁量規定だ。文化財保護法の補助規定も同様で、重要文化財の管理・修理への補助も「できる」にとどまる。
一方、2001年に制定され2017年に改正された文化芸術基本法第6条には、より強い表現がある。「政府は、文化芸術に関する施策を実施するため必要な法制上、財政上又は税制上の措置その他の措置を講じなければならない」。財政措置は政府の義務だ。
上位法が義務を課し、個別法が裁量を認める。このずれが、現場での費用負担の曖昧さを生んでいる。
さらに言えば、裁量規定すら存在しない領域がある。発掘調査の費用負担について、文化財保護法には明文規定がない。工事発注者が負担する「原因者負担の原則」は行政指導の積み重ねで成立している慣行であり、法的根拠は今も曖昧なままだ。発掘後の整理・報告書作成までは記録保存調査の一部として扱われる一方、長期的な保管・台帳整備・収蔵環境の維持については、独立した安定財源が見えにくい。収蔵庫の不足と未整理遺物の山積みは全国共通の問題だが、制度的な手当ては今もない。
稼げる文化には投資し、守る文化には民間の善意を求める
文化庁が公表した令和8年度予算によれば、2026年度の文化庁予算は1073億円で前年比0.9%増にとどまった(文化庁「令和8年度文化庁予算の概要」)。
国際比較も見ておきたい。文化庁委託の調査報告書(令和2年度「諸外国における文化政策等の比較調査研究事業報告書」、一般社団法人芸術と創造)によれば、2022年時点の国家予算に占める文化予算の比率は日本が約0.11%、フランスは約0.44%、韓国は約0.34%、ドイツは約0.31%となっている。定義の違いがあるため単純比較には限界があるが、日本の文化予算が相対的に低い水準に置かれてきたことは否定しにくい。
ただ「文化予算が少ない」という話は、もはや額だけの問題ではない。何に使うかという配分の問題が、より深刻になっている。
国立映画アーカイブがクラウドファンディングを開始した2026年6月25日、読売新聞は別の記事を配信した。政府がアニメ・漫画の海外展開を後押しするため、集英社やソニーグループ傘下の動画配信会社クランチロールなど15社に計115億円を補助するという内容だ(読売新聞、2026年6月25日)。
同じ日に、一方では「映画の国立機関が運営費不足でクラウドファンディング」、もう一方では「アニメ・漫画の海外展開に115億円補助」というニュースが並んだ。経済産業省の「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」事務局資料(2026年3月)によれば、政府のコンテンツ産業向け予算は令和7年度補正から令和8年度にかけて252億円から589億円へと倍以上に拡大し、2033年までにアニメ・マンガ等の海外売上を現在の5.8兆円から20兆円に引き上げることを国家目標として掲げている。
アニメやマンガへの投資を否定するつもりはない。日本の強みを活かした戦略として理解できる。問いたいのは、それと並行して「すでに存在する文化財を守る費用」が後退していないか、という点だ。稼げる文化には投資し、稼げない文化の維持は現場の努力と民間の善意に委ねる。この方向性が続くならば、「守るべき文化は守らない」という政策的な意思表示として受け取られてもやむを得ない。
文部科学省が令和8年2月に策定した国立美術館の第6期中期目標では、稼ぐ力が文化施設の評価指標として明確に組み込まれた。展示事業に係る自己収入の割合が一定水準を下回った館は「再編の対象とする」と明記され(文部科学省「独立行政法人国立美術館が達成すべき業務運営に関する目標」令和8年2月27日)、文化庁は「閉館を想定していない」と説明するものの、採算の論理が国の文書に刻み込まれた事実は変わらない。収集・保存・修復・収蔵は、どれだけ重要であっても入場料収入に直結しにくい。その機能が、評価上は不利になりやすい。
「活用」が進むほど、「保存」との差が開く
近年の文化政策はインバウンド促進、地方創生、観光との連携を前面に押し出す。令和8年度文化庁予算では「文化資源を活用した全国各地のインバウンド創出・拡大」として、観光庁との連携予算が前年度の3倍となる224億円が計上されている(文化庁「令和8年度文化庁予算の概要」)。
活用を否定するつもりはない。地域の文化財が人を呼び、経済を動かすことには意義がある。ただ、活用の前提となる保存・整理・記録への投資が比例して増えているかといえば、そうではない。展示されている文化財は所蔵量のごく一部にすぎず、未整理のまま箱に収められた遺物、台帳が存在しない資料、保管環境が確保されていない収蔵庫は今も各地にある。活用を語る声が大きくなるほど、その土台で続く保存作業との落差は広がっていく。
整理・記録・保管の実務を担える専門職員は慢性的に不足しており、自治体の文化財担当部署は少ない人員で膨大な業務を抱えている。こうした構造は映画フィルムに限らず、埋蔵文化財、博物館の資料管理、民俗文化財の記録保存に共通している。
70年以上前の枠組みが、今も現場を縛っている
ここまで見てきた問題の根は、法律の構造そのものにある。
文化芸術基本法は財政措置を政府の義務とするが、文化財保護法・博物館法の補助規定は裁量にとどまり、上位法と個別法の間に整合性がない。発掘後の長期的な保管・台帳整備・収蔵環境の維持については独立した安定財源が見えにくく、現場は慣行と行政指導で辛うじて動いている。保存と活用が同じ財務指標で評価される構造のなかで、採算のとれない保存機能が後退しやすくなっている。
文化財保護法は1950年、博物館法は1951年の制定だ。以来、両法は何度も改正されてきた。しかし改正の方向は一貫して「保護対象の拡大」と「活用の促進」であり、「誰が費用を継続的に負担するか」という財源の仕組みは、制定当時の裁量規定のまま今日に至っている。
国立映画アーカイブのクラウドファンディングが広く注目されたのは、「国立機関がなぜ」という驚きがあったからだ。しかしこの驚きは、制度の実態を知れば驚きではなくなる。法律が義務を課しながら、その義務を果たすための財源を制度として保障していない。その空白が、国立機関のクラウドファンディングという形で可視化されたにすぎない。
「文化財は大切だ」という言葉に異論を唱える人はいないだろう。しかし大切だと言うだけでは守れない。誰が、どのような制度で、継続的に費用を負担するのか。この問いに正面から向き合うことなしに、「次世代への継承」という言葉は掛け声にとどまる。
文化財保護の現場で何が起きているのか。制度のどこに欠落があるのか。CPSUSは、保存・整理・保管・活用の現場から、この問いを発信し続けたい。文化を未来へ残す制度は、このままで本当に十分なのか。その議論を始める時期は、もう過ぎているのではないだろうか。
参考資料
- 文化財保護法第3条・第99条
- 博物館法第27条
- 文化芸術基本法第3条・第4条・第6条(文化庁)
- 文化庁「令和8年度文化庁予算の概要」(2026年)
- 文部科学省「独立行政法人国立美術館が達成すべき業務運営に関する目標(第6期中期目標)」(令和8年2月27日)
- 文化庁「国立博物館・国立美術館の次期中期目標につきまして(FAQ)」
- 文化庁委託「令和2年度 諸外国における文化政策等の比較調査研究事業報告書」(一般社団法人芸術と創造)
- 経済産業省「第18回エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会 事務局資料」(2026年3月27日)
- 日本経済新聞「国立映画アーカイブ、活動存続へクラウドファンディング」(2026年6月25日)
- NHK「国立映画アーカイブ 交付金減で資金難 1億円の資金募る」(2026年6月25日)
- 読売新聞「政府、アニメ・漫画の海外展開を後押し…集英社など15社に115億円補助」(2026年6月25日)
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