1.立体地図から、市民が遺跡を見つける時代へ
2026年9月、NHKが「遺跡大発見時代」と題した特集を報じた。国土地理院が公開する精密な立体地図をきっかけに、専門家ではない市民が未発見の山城や古墳とみられる地形を見つけ、SNSで報告する動きが広がっている(NHK「歴史を変えるのはあなた?立体地図で”遺跡大発見時代”が到来」2026年9月12日)。
岐阜県の会社員男性は、15年にわたり山城を訪ね歩いてきた経験と立体地図を組み合わせ、複数の山城跡を発見。地元教育委員会によって正式に登録された。新潟県佐渡島でも、考古学を趣味とする男性が見つけた前方後円墳が市の調査で古墳群として確認され、当時のヤマト王権と地域との関係を考えるうえでも注目されている。地形データにAIを組み合わせ、古墳らしい痕跡を自動で検出するシステムまで登場している。同記事の中で、奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、より精密な地形データが近年広く公開されるようになったことを、こうした動きの背景として指摘している。
背景にあるのは、航空レーザ測量による高精度地形データの普及だ。国土地理院は2026年7月31日、国や地方公共団体が計測した航空レーザ測量の成果をもとにした1mメッシュ標高データの提供範囲をさらに拡大したと発表した。木々に覆われて見えない地表の凹凸まで、誰でも画面上で確認できる。
2.文化財との関わり方が「見る」から「見つける」へ
これまで、多くの人にとって文化財との接点は、博物館で展示を見る、史跡を訪ねる、講座やイベントに参加するというものだった。いずれも、すでに「文化財」として認識され、価値づけられたものに触れる関わり方だ。
今回の一連の出来事は、それとは違う関わり方が現実のものになりつつあることを示している。自分で地形を読み、違和感を覚え、それが新たな発見に結びつくかもしれない。用意されたものを見る側から、自分で探そうとする側へ。文化財との距離の詰め方が、一つ増えた。
専門家の仕事が市民に取って代わられる、という話ではない。これまで「見る」ことが中心だった市民に、「見つける」という新たな関わり方が開かれたのである。
3.「発見したかもしれない」で終わらせないために
一方で、押さえておきたい点もある。
地図上で気になる地形が目に留まったとしても、それだけで遺跡だと確定するわけではない。文化財保護法96条は、土地の所有者または占有者が出土品などにより遺跡と認められるものを発見した場合の届出義務を定めている。今回のように地図上で第三者が遺跡らしい地形に気づくケースは、同条が想定する届出とは性質が異なる。
文化庁の「既存の航空レーザ測量データを用いた埋蔵文化財の把握に係る利用マニュアル」(令和7年3月31日策定)も、地形データをもとに作成した微地形表現図を判読し、現地踏査を経て、遺跡地図の作成・更新につなげる手順を示している。
だからこそ、まずは自治体が公開している遺跡地図を確認し、すでに知られている場所かどうかを調べてほしい。地権者の許可を得ずに立ち入ったり、まして掘ったりしないこと。何かに気づいたら、地域の教育委員会や文化財担当部署に伝えること。今回のNHKの記事でも、専門家や自治体からこの点が繰り返し呼びかけられていた。
4.市民からの「発見情報」を、どう受け止めるのか
森本さんの事例では、市民が見つけた情報を教育委員会が受け止め、現地確認を経て遺跡として登録する流れが機能した。
では、同じような情報が全国の自治体に寄せられた場合はどうだろう。「立体地図を見ていたら、遺跡らしい地形を見つけた」。その情報をどこに伝えればよいのか。受け取った自治体は、どのように記録し、既知の遺跡と照合し、必要性を判断して現地確認につなげるのか。確認結果を情報提供者へ返すのか。
文化庁の利用マニュアルは、航空レーザ測量データを活用して埋蔵文化財を把握するための技術的な手順を示している。一方、市民から寄せられるこうした情報をどのように受け止めるかは、技術とは別に考えておくべき運用上の課題である。「見つけるための環境」が整っていくのであれば、「見つかった情報を受け止める仕組み」についても、同時に考えておく必要があるのではないか。
今後、立体地図やAIの利用がさらに身近になれば、こうした情報が増える可能性もある。であれば、情報提供先の明示、受付時に必要な情報、記録方法、確認後の扱いなどについて、実態を把握し、必要に応じて一定の考え方を整理しておくことには意味があるのではないだろうか。
5.地域をよく知る人だから見えるものもある
専門家の数には限りがある。全国のすべての土地を、常に専門家が見て回ることはできない。
その土地に暮らす人、繰り返し山を歩く人、地域の歴史を調べ続けている人は、専門家とは違う形でその土地を見ている。今回発見に至った人たちも、思いつきで見つけたわけではなかった。岐阜県の男性は15年間山城を歩き続けてきたからこそ、立体地図の中の違和感を見逃さなかった。そうした長年の経験の蓄積が、新しい技術と結びついたのだ。
専門家が足りないから市民に代わりを務めてもらう、という話ではない。専門家の知識と、地域を日常的に見ている人の視点は、そもそも性質が違う。両者が結びついたとき、これまで見過ごされてきたものが姿を現す。
冒頭のNHKの記事の中で、高田氏自身もこう述べている。専門家や研究者の数は限られているからこそ地域の人と一緒に見つけていくことには大きな意味があり、特に自分の住む土地の歴史を知ることは、その土地への愛着にもつながる、と。地域を見る目は、専門知識を補う手段である以前に、それ自体が一つの価値なのだ。
6.発見情報を文化財行政につなぐために
立体地図やAIによって「見つける側」の環境は大きく変わり始めている。次に考えるべきなのは、その情報を「受け止める側」の仕組みではないだろうか。
まず必要なのは、自治体が市民からの遺跡に関する情報を現在どのように受け付け、確認し、記録しているのか、その実態を把握することではないだろうか。
CPSUSでは、文化財への市民参加を一過性のブームで終わらせないために、市民から寄せられる情報を文化財行政がどのように受け止めているのかにも目を向け、市民と文化財行政をつなぐ仕組みについて考えていきたい。
参考資料
- NHK「歴史を変えるのはあなた?立体地図で”遺跡大発見時代”が到来」(2026年9月12日)
- 国土地理院「ダウンロードデータ更新情報」
- 文化庁「既存の航空レーザ測量データを用いた埋蔵文化財の把握に係る利用マニュアル」第1部(令和7年3月31日)
- 文化財保護法(e-Gov法令検索)
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法律に明記されていない「原因者負担」の成り立ち
埋蔵文化財包蔵地で開発事業を行い、遺跡を現状のまま保存できない場合には、記録保存のための発掘調査が行われる。
その費用については、発掘調査の原因となった開発事業者が負担する「原因者負担」が原則であると説明されることが多い。
自治体の文化財担当者にとっては、日々の事業者協議の中で繰り返し使う、なじみのある考え方だろう。
しかし、文化財保護法を確認すると、
「開発事業者は、発掘調査費用を負担しなければならない」
という規定が、そのまま条文に書かれているわけではない。
それでは、現在の原因者負担は、何を根拠として運用されているのだろうか。
原因者負担の仕組みは、文化財保護法の一つの条文によって完成したものではない。高度経済成長期の大規模開発を背景に、文化財保護委員会の通知、公共事業者との覚書、文化財保護法の改正、行政指導、裁判例などが積み重なり、現在の形へと定着してきた。
今回は、その経緯を整理する。
文化財保護法に書かれていること
文化財保護法では、周知の埋蔵文化財包蔵地で土木工事などを行おうとする場合、民間事業等については事前の届出、国の機関等が行う事業については事前の通知が必要とされている。
現在の文化財保護法第93条は民間事業等に伴う届出、第94条は国の機関等が行う事業に伴う通知について定めている。
届出や通知があった場合、文化財保護法に基づき、埋蔵文化財の保護に必要な指示や協議等が行われる。協議の結果、遺跡を現状のまま保存できない場合には、工事に先立って発掘調査を行い、図面、写真、出土品、報告書等によって記録を残す「記録保存」が行われる。
埋蔵文化財包蔵地で工事を行う際の届出・通知や、埋蔵文化財を保護するための措置、記録保存のための発掘調査には、文化財保護法上の制度的な根拠がある。一方、その調査費用を事業者が負担する仕組みは、法律の条文だけで完結しているわけではない。
文化庁の現在の説明でも、記録保存調査の経費について、事業者に負担を「命じる」とは表現せず、「開発事業者に協力を求めています」としている。
高度経済成長期に生まれた事業者負担
現在の事業者負担の出発点として位置付けられているのが、昭和39年2月10日付けの文化財保護委員会通知、
「史跡、名勝、天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」
文委庶第14号
である。
昭和39年は1964年、東京オリンピックが開催された年である。
この時期、日本では道路、鉄道、住宅団地、公共施設、都市開発などの大規模事業が急速に進められていた。開発予定地に遺跡が含まれる事例も増え、文化財の保存と国土開発をどのように調整するのかが、現実の行政課題となっていた。
文化財保護法はすでに存在していたものの、急増する開発事業に対して、
- どの段階で開発部局と文化財部局が協議するのか
- 遺跡を保存できない場合に誰が調査するのか
- 発掘調査費用を誰が負担するのか
といった具体的な運用は、十分に整っていなかった。
そこで昭和39年通知では、関係省庁に対し、埋蔵文化財包蔵地等の取扱いについて大きく三つの考え方が示された。
第一に、埋蔵文化財包蔵地等は、原則として事業計画から除外し、現状のまま保存すること。
第二に、やむを得ず事業計画から除外できず、現状保存が不可能な場合には、次善の策として発掘調査を行い、記録を保存すること。
第三に、その発掘調査は事業者の負担で行うこと。
文化庁の令和3年の調査研究委員会報告でも、この昭和39年通知が、開発事業に伴う発掘調査と費用負担の出発点として整理されている。
ここで重要なのは、事業者負担だけを切り離して理解しないことである。通知が最初に示した原則は、発掘調査をして遺跡を壊すことではなく、事業計画を変更してでも現状保存することであり、事業者負担による発掘調査は、それがどうしてもできない場合の「次善の策」として位置付けられていた。
原因者負担は、単に「遺跡があれば開発者が費用を払って掘る」という仕組みとして始まったのではなく、まず保存を検討し、それが不可能な場合に限って、開発によって失われる遺跡の記録を事業者負担で残すという、保存と開発の調整方法として生まれたのである。
公団等との覚書によって具体化された運用
昭和39年通知が出された後、文化財保護委員会等は、大規模開発を行う公共的な事業主体との間で、埋蔵文化財の取扱いに関する覚書を締結していった。
昭和40年には日本住宅公団、昭和41年には日本鉄道建設公団、昭和42年には日本国有鉄道および日本道路公団との間で、順次覚書が交わされている。
このことからも、原因者負担の仕組みが、当初から現在のような民間開発全般を対象とする統一制度として完成していたわけではないことが分かる。
最初に想定されていたのは、住宅団地、高速道路、鉄道など、高度経済成長期の大規模な公共開発であった。
通知だけでは処理しきれない実務について、個別の公共事業者との覚書によって、
- 事業計画の事前協議
- 遺跡の取扱い
- 発掘調査の実施
- 調査費用の負担
などを具体化していったのである。
このように、原因者負担は、法律によって一度に制度設計されたものではなく、現場で発生する開発と保存の衝突を処理するために、通知と覚書を重ねながら形成された。
昭和50年改正で法制化されたもの、されなかったもの
昭和50年には、文化財保護法の大きな改正が行われた。
この改正によって、国の機関等が周知の埋蔵文化財包蔵地で事業を行う場合の通知や、文化財保護部局との調整に関する仕組みが法律に組み込まれた。現在の文化財保護法第94条につながる制度である。
言い換えれば、公団等との覚書や、それまでの行政実務の中で行われてきた「開発事業を実施する前に文化財部局と協議する」という手続の一部は、昭和50年改正によって法制化された。しかし、発掘調査費用を事業者が負担すること自体は、この改正でも明文化されなかった。
この違いは重要である。現在の原因者負担について、「文化財保護法に基づく制度」と説明することは間違いではない。発掘調査を必要とする保護措置や、事業者と行政との協議は、文化財保護法を基礎としているからである。一方で、「文化財保護法に、事業者が費用を負担する義務が明記されている」と説明するのは正確ではない。
民間開発にも広がった原因者負担
公共事業との調整から始まった事業者負担は、その後、民間開発にも広く適用されるようになった。
昭和56年の文化庁通知「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」や、平成10年の文化庁次長通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」などを通じ、都道府県教育委員会等が開発事業者に発掘調査費用の負担を求める運用が整理されていった。
平成10年通知では、埋蔵文化財は国民共有の財産であり、本来は現状保存することが望ましいこと、開発事業によって現状保存できなくなる場合には、その原因となった事業者に記録保存調査への協力を求めるという考え方が示されている。
現在は、民間事業であれば民間の開発事業者、公共事業であれば道路、河川、建築等を所管する公共事業部門が、それぞれ開発事業費の中から発掘調査費用を負担する運用が一般的である。
したがって、「公共事業の発掘調査費は公費だから、原因者負担ではない」というわけではない。
文化財担当部局が文化財保護予算として負担するのではなく、道路や施設を整備する事業部門が、開発の原因者として事業費から負担するのであれば、仕組みとしては原因者負担である。
ただし、個人が営利を目的とせず行う住宅建設など、事業者に調査費用の負担を求めることが適当でない場合には、国庫補助等の公費によって発掘調査を行う制度も設けられている。
つまり、すべての発掘調査が一律に事業者負担となっているわけではないものの、開発事業に伴う記録保存調査については、民間・公共を問わず、事業を行う側が費用を負担することが現在の基本となっている。
裁判所は原因者負担をどう判断したのか
原因者負担の実務を支えてきたものの一つに、裁判例がある。
府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件に関する東京高等裁判所昭和60年10月9日判決では、埋蔵文化財包蔵地で開発を行う事業者に対し、発掘調査費用の負担を求める行政指導が争われた。
裁判所は、行政指導そのものには法的な強制力がないことを前提としながら、埋蔵文化財包蔵地には文化財保護のための公共的な制約が内在しているとした。
そのうえで、発掘調査の指示が文化財保護法の趣旨を逸脱するほど不当なものでなく、費用負担が不当に過大でなければ、事業者が一定の経済的負担を負うことは受忍すべき範囲にあると判断した。文化庁の令和3年報告でも、この判決は、開発事業者に一定の負担を求めることが認められた裁判例として整理されている。
ただし、この判決も、「文化財保護法に事業者の費用負担義務が定められている」と判断したわけではない。行政指導として費用負担を求めることが、一定の条件のもとで違法・不当ではないと判断したものであり、原因者負担という法定義務を新たに作ったのではなく、通知と行政指導によって形成されてきた運用に一定の合理性を認めたと理解する方が正確である。
原因者負担には根拠がないのか
ここまでの経緯を踏まえると、
「原因者負担には法律上の根拠がない」
とだけ説明するのも正確ではない。
現在の原因者負担は、次のような制度と実務の積み重ねによって支えられている。
- 文化財保護法に基づく届出・通知と保護措置
- 昭和39年通知
- 公団等との覚書
- 昭和50年の文化財保護法改正
- 昭和56年、平成10年等の文化庁通知
- 都道府県・市町村の要綱や取扱基準
- 行政指導
- 裁判例
- 長年にわたる実務慣行
一方で、
「文化財保護法に、原因者負担が明記されている」
という説明も正確ではない。
原因者負担は、文化財保護法に明記された単純な金銭支払義務ではない。
文化財保護法に基づく埋蔵文化財保護の仕組みを土台として、通知、覚書、行政指導、裁判例、長年の実務によって形成され、定着してきた制度である。
制度の成り立ちを確認する意味
原因者負担は、すでに60年以上にわたり運用されている。
自治体の文化財担当者にとっては、あまりにも日常的な仕組みであるため、その成り立ちを改めて確認する機会は少ないかもしれない。
しかし、成立過程をたどることで、現在の制度が持ついくつかの特徴が見えてくる。
第一に、本来の原則は、発掘調査を行って遺跡を失うことではなく、事業計画から除外して現状保存することであった。
第二に、事業者負担による記録保存調査は、現状保存ができない場合の次善の策として始まった。
第三に、費用負担は、文化財保護法の条文だけで直接定められたものではなく、高度経済成長期の開発事業との調整の中で形成された。
こうした経緯を確認することは、現在の実務を否定するためではない。
事業者に費用負担を求める際、その根拠や性質を正確に説明するためにも必要である。また、どこまでを事業者負担として求めるのか、どのような手続で合意を形成するのかを考える際にも、制度が行政指導と協力を基礎として成立していることを理解しておく意味は大きい。
原因者負担を「昔からそうなっているから」とだけ説明するのではなく、現状保存を原則としながら、開発との調整の中で生まれた仕組みとして捉え直す。
それが、現在の埋蔵文化財行政を、より正確に理解する第一歩になるのではないだろうか。
参考資料
- 文化庁「埋蔵文化財」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/maizo.html - 文化財保護委員会「史跡,名勝,天然記念物および埋蔵文化財包蔵地等の保護について(依頼)」昭和39年2月10日付け文委庶第14号
※全文は下記・文化庁令和3年報告内に引用されている形で確認 - 文化庁「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」昭和56年2月7日付け庁保記第11号
※下記・平成10年通知内での言及により確認 - 文化庁「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(通知)平成10年9月29日、庁保記第75号
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/hokoku_03.pdf - 文化庁「道路事業に伴う発掘調査の位置づけと発掘調査費用について」(報告)令和3年11月30日
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/93600501_01.pdf
※昭和39年通知の全文引用、覚書の年次、昭和50年改正の内容、東京高裁判決の位置づけ等 - 東京高等裁判所昭和60年10月9日判決(府中市埋蔵文化財発掘調査費用負担事件、判例時報1167号)
※事件名・判例誌の書誌情報は下記・日本不動産学会誌の論文で確認 - 「埋蔵文化財包蔵地における土地利用減退の推計」『日本不動産学会誌』第30巻第3号(2016年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/30/3/30_25/_pdf
※府中市事件の事件名および判例掲載情報(判例時報1167号)の確認に使用
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発掘調査の現場では、熱中症、転倒・滑落、掘削面の崩壊、重機との接触など、屋外作業に特有の危険が日常的に存在している。 それにもかかわらず、文化財の現場では、安全管理がどこか「建設業の話」として扱われ、自分たちの課題として十分に捉えられていない場面がないだろうか。とくに自治体の文化財課が主体となって発掘調査を行う場合、この認識のずれは見過ごせない。発掘調査は建設工事ではないが、人が働く現場であることに変わりはない。
文化財の調査に携わっていると、「発掘調査は工事ではないのだから、建設現場ほど厳密な安全管理を持ち込むのは違うのではないか」という空気に触れることがある。もちろん、発掘調査は文化財の記録保存や学術的検討を目的とするものであり、土木工事と同一ではない。だが、作業の現実はどうか。掘削面の近くで人が動き、段差のある場所で歩き、炎天下で長時間作業し、資機材を運び、ときに機械も使う。その現場から危険だけが消えるわけではない。分類の問題と、現場に危険があるかどうかは別である。 ここを曖昧にすると、安全管理はいつまでも「できればやるもの」のままで、「やらなければならないもの」にならない。
文化財の現場だけが安全管理の外にあるわけではない
文化庁が平成16年に示した「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準」は、この点をかなり率直に書いている。そこでは、発掘作業について、「その性格上、常に土砂崩壊、感電、高所からの転落等の危険を伴うため、労働安全衛生法等に基づいた安全基準を遵守して事故のないように配慮しなければならない」 と明記している。ここで重要なのは、文化財行政の文書そのものが、発掘作業を「文化財の仕事だから安全管理の論点が薄い仕事」として扱っていないことである。危険があることを前提にし、そのうえで安全基準の遵守を求めている。つまり、文化財の現場だけが安全管理の外にあるという理解は、少なくとも行政文書の整理とは整合しない。
この話は、民間の発掘調査会社だけに向けられたものではない。むしろ、いま問い直す必要があるのは自治体の文化財課の側である。民間の調査会社は、開発事業に伴う調査のなかで、発注者や元請企業の要求に応じて安全書類、朝礼、危険予知活動、作業手順の確認などを運用していることが少なくない。もちろん、それで十分とは限らないが、「安全管理をするのが普通である」という現場感覚に触れる機会は比較的多い。それに対して、自治体が直営で行う発掘調査や、教育委員会主導で組み立てている現場では、「行政の調査である」「文化財の仕事である」「工事ではない」という認識の延長で、安全管理が実務の中心から少しずつ外れやすい。誰も反対していないのに、日々の運用には落ちていない。文化財の現場で安全管理が弱くなるとすれば、むしろこの場所ではないかと思う。
自治体の発掘調査にも、安全衛生管理の視点は必要である
ここで一度、自治体職員への法令のかかり方を正確に整理しておきたい。地方公務員については、埼玉県人事委員会も山梨県人事委員会も、原則として労働基準法及び労働安全衛生法などの労働基準関係法令が適用される と説明している。一方で、地方公務員法等により一部規定には適用除外があり、また監督機関も、民間企業のように一律に労働基準監督署ではない。非現業の一般職については人事委員会やその委任を受けた機関が、現業的な職場等では労働基準監督署等が関わる場合がある。つまり、「自治体だから労働安全衛生法とは無関係」ということではないが、「民間と全く同じ単純な構図」とも言い切れない。ここは雑に断定せず、自治体にも安全衛生管理体制を整える責任がある、と捉えるのが正確である。
この整理が大事なのは、発掘調査の現場が正規職員だけで成立しているわけではないからである。会計年度任用職員、短期雇用の作業員、アルバイト、外部の技術者など、さまざまな立場の人が現場に入る。掘削、運搬、洗浄、記録、片付けと、調査に必要な作業は細かく分かれているが、その一つひとつは、結局のところ現場で働く人の身体によって支えられている。制度理解が曖昧なまま、「行政だから少し事情が違う」「工事ではないからそこまでしなくてもよい」という感覚で現場を回すと、いちばん危険にさらされやすい人たちの安全が抜け落ちる。文化財調査は公益性の高い仕事だが、その公益性は、現場で働く人の危険を見えにくくしてよい理由にはならない。
そして、この問題はいま法令の次元でも動いている。厚生労働省が公表している令和7年法律第33号の概要では、労働者と同じ場所で働く個人事業者等を労働安全衛生法による保護の対象及び義務の主体として位置づけ、注文者等や個人事業者等自身が講ずべき各種措置を定めた とされている。発掘調査の現場では、フリーランスや外部の技術者、短期的に入る作業従事者が業務を支えることが少なくない。そうである以上、この改正は建設業だけの話でも、民間企業だけの話でもない。発注者、管理者、現場責任者が、現場に立つ人の属性を問わず安全衛生上の対応を整理しておく必要性は、これまで以上に高まっている。
小規模な現場ほど、手順と記録が重要になる
では、安全管理とは具体的に何を指すのか。ここで言う安全管理は、ヘルメットを着用する、熱中症に注意するといった単発の注意喚起だけを意味しているのではない。作業開始前にその日の内容と危険箇所を確認すること、役割分担を明確にすること、異常時の連絡先や搬送先を決めておくこと、作業後にヒヤリとしたことを記録して残すこと、初めて入る人に現場ルールを説明すること、そうした運用全体を指している。安全管理は、事故が起きてから反省するためのものではなく、起きる前から現場を整えるためのものである。
このとき、よく出てくるのが「うちは小規模だから、そこまで本格的なことはできない」という感覚である。たしかに、業種や人数によって、法令上の選任義務や必要な体制には違いがある。そこを一律に語るべきではない。だが、だからといって、小規模な現場で日々の確認や記録まで不要になるわけではない。むしろ少人数の現場ほど、一人の体調不良や一度の転倒が、その日の作業全体に直結する。現場責任者が複数の役割を兼ねている場合はなおさらで、手順や連絡体制を文書や掲示で共有しておかないと、異常時の判断が属人化しやすい。規模が小さいことは、安全管理をしなくてよい理由ではなく、曖昧な運用を避ける理由になる。
熱中症対策は「気をつける」では済まなくなった
この問題を、いま最もはっきり突きつけているのが熱中症対策である。厚生労働省は、改正労働安全衛生規則により、令和7年6月1日から、熱中症のおそれがある作業について新たな義務を課した。 対象となるのは、暑さ指数(WBGT)28度以上又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの とされている。そして事業者には、熱中症の自覚症状がある作業者や、そのおそれがある作業者を見つけた者が報告するための体制をあらかじめ定めて周知すること、さらに作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察又は処置、緊急連絡網や搬送先の確認など、重篤化を防ぐために必要な措置の内容と実施手順を定めて周知することが義務付けられた。これは、発掘調査の夏季作業を念頭に置いて読んでも、かなり直接的な改正である。
ここで大事なのは、この改正が単なる「水分補給をしましょう」という話ではないという点である。誰が異常を発見するのか、異常を感じた本人や周囲は誰に報告するのか、どこで休ませるのか、どう冷却するのか、救急搬送が必要な場合はどうするのか。そこまで含めて、現場で共有された手順として整えておくことが求められている。発掘調査の現場では、炎天下での長時間作業、遺構面でのかがみ姿勢、マスクや帽子の着用、移動距離の長さなどが重なり、本人が不調を言い出しにくいことも少なくない。だからこそ、「気をつけましょう」で終わらない運用 が必要になる。熱中症対策が法令上も具体的な体制整備の問題として扱われるようになったことは、文化財の現場が従来の感覚のままでは済まない段階に入ったことを示している。
安全管理は、調査の質を支える基盤でもある
ここで見落としてはならないのは、危険そのものよりも、「危険を危険として扱わなくなる慣れ」の方である。掘削面の近くに立つこと、段差の多い場所を移動すること、重い土のうや道具を運ぶこと、暑い日に作業を続けることが、日々の仕事のなかに溶け込むほど、人はそれを特別な危険ではなく「いつものこと」として受け止めやすくなる。だが、文化庁が発掘作業の危険として土砂崩壊、感電、高所からの転落等を明示している以上、発掘現場が本質的に安全な場所であるとは言えない。事故は、極端にずさんな現場でだけ起きるわけではない。むしろ、慣れによって確認が抜け、判断が急がれ、体調不良が言い出しにくくなった現場で起きやすい。だからこそ、毎朝の確認や短い打合せ、危険箇所の共有、動線の見直しといった地味な運用が意味を持つ。危険をなくすことが難しい仕事だからこそ、危険を見えるものとして扱う技術が必要なのである。
安全管理は、文化財調査の本体とは別の、外側の業務だと考えられがちである。だが実際には、安全管理が崩れている現場では、調査そのものの質も崩れやすい。焦っている現場、疲弊している現場、体調不良を言い出しにくい現場では、観察も記録も粗くなる。役割が曖昧で、危険箇所の共有がなく、休止や中止の判断ができない現場では、作業の安定性が失われる。反対に、手順が整理され、責任の所在が明確で、無理を止められる現場では、調査そのものも落ち着いて進む。文化財調査は一度壊した地層を元に戻せない仕事である以上、本来は作業の安定性が強く求められる。その基盤の一部が安全管理である。安全管理は、本体に付随するおまけではなく、調査を成立させる土台のひとつだと考えた方がよい。
自治体の文化財課に必要なのも、まずはこの視点の転換である。安全管理を「建設業の文化」や「民間会社の手続き」として眺めるのではなく、発掘という作業そのものに内在する問題として捉え直すこと。直営調査でも委託調査でも、現場に人が立ち、作業が行われる以上、安全管理は必ず発生する。しかも自治体の場合、予算、人手、日程の制約が厳しいことが多い。だからこそ、「そこまで手が回らない」という気持ちは理解できる。だが、手が回らない現場ほど、属人的な判断に頼りやすく、異常が起きたときに脆い。朝礼でその日の危険箇所を一つ確認すること、作業前に連絡先と搬送先を見直すこと、初めて入る人に禁止事項と手順を説明すること、熱中症時の離脱ルールを決めておくこと。こうしたことは、巨大な仕組みを一気に作らなくても始められる。必要なのは、発掘調査を安全管理の外に置かないという姿勢である。
文化財の調査は、過去を扱う仕事である。けれども、現場で働く人の命と健康は、つねに現在の問題である。そこに「工事ではないから」「小さい現場だから」「行政だから」という言い訳を持ち込んだ瞬間、安全管理は後回しになる。そうではなく、発掘調査は建設工事ではなくても、人が働く現場であることに変わりはない、という当たり前の事実から出発しなければならない。文化財を守る仕事が、人を危険にさらす形で続いてよいはずがない。発掘調査の信頼性を支えるものの一つは、記録の正確さだけではなく、その現場が安全に運営されているかどうかにある。自治体の文化財課にこそ、その視点が改めて求められている。
CPSUSでは、埋蔵文化財発掘調査の現場で必要となる安全管理の考え方や、日々の運用に使う管理書類、法令の適用関係を整理した「発掘調査における労働安全対策マニュアル」 を作成している。安全管理を「何となく大事なもの」で終わらせず、実際の現場で回る形に落とし込むための一つの手がかりとして、今後あらためて紹介したい。
参考資料
CPSUS「発掘調査における労働安全対策マニュアル」
文化庁「行政目的で行う埋蔵文化財の調査についての標準(報告)」
文化庁「埋蔵文化財」ページ
埼玉県人事委員会「人事委員会が行う労働基準監督業務」
山梨県人事委員会「職員の労働基準監督」
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2026年7月25日、IKE・Biz としま産業振興プラザにて、「縄文アートクッキーをつくろう!〜作って学ぶ豊島の文化財〜」を開催しました。
本ワークショップでは、本物の土器片を観察し、スケッチを行ったあと、その特徴を取り入れた土器形クッキーづくりを体験しました。
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時 | 2026年7月25日(土) |
| 会場 | IKE・Biz としま産業振興プラザ |
| 対象 | 小学5年生以上 |
| 参加人数 | 15名 |
| 主催 | 特定非営利活動法人文化財保管活用支援機構(CPSUS) |
| 後援 | 文部科学省、豊島区教育委員会、公益社団法人日本文化財保護協会、観光考古学会 |
| 助成 | 公益財団法人としま未来文化財団(令和8年度としま文化応援団事業助成) |
| 協力 | 豊島区文化スポーツ部文化事業課(資料提供) |
本物を観察するところから始まるワークショップ
参加者は物の土器片を手に取り、文様や形、土の色や含まれている粒などを観察しました。
観察した内容はスケッチシートにまとめ、「よく見る・考える」体験を行ってから、クッキー制作へ進みました。


観察した特徴をクッキーで表現
観察した土器の特徴をもとに、生地を成形し、縄文の文様を付けて焼き上げました。
完成後は、それぞれの作品を見比べながら、豊島区の文化財について学びました。


参加者全員で記念撮影
最後は参加者全員で完成した作品を持って記念撮影を行いました。
子どもから大人まで、それぞれの視点で文化財を観察し、楽しみながら学ぶ時間となりました。

おわりに
今回の開催にあたり、ご参加いただいた皆さま、ご支援いただいた公益財団法人としま未来文化財団の皆さまに、心より御礼申し上げます。
CPSUSでは、今後も文化財を「見る」「考える」「つくる」体験を通して学ぶワークショップを各地で開催してまいります。
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