文化財活用推進事業の公募が始まった。― 活用と保管、両輪で進めるために今考えたいこと ―
令和8年度、文化庁は「全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」の公募を開始した。本事業は、国指定等文化財、世界文化遺産、日本遺産、歴史的風致形成建造物等を対象として、魅力的な体験等の造成・販売を支援し、文化財の高付加価値化を図るものである。応募要領では、インバウンドの高付加価値旅行者を含む、国内外の知的好奇心旺盛な旅行者が、文化財の成り立ちや、それを守り伝えてきた人々の取組を理解しながら、より深く楽しむことができる体験の造成が掲げられている。さらに、専門家による伴走支援も組み込まれており、継続性や商品化も見据えた事業設計が求められている。
この公募は、文化財を単に「保存すべきもの」として扱うのではなく、社会に開かれた資源として位置付け、その価値を体験や学びを通じて伝えていこうとする施策の一つとして捉えることができる。文化財保護法第1条も、この法律の目的を「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」と定めており、保存と活用は制度上も対立する概念ではない。保存だけでもなく、活用だけでもなく、その両方をどう成り立たせるかが、現在の文化財行政における基本的な課題である。
実際、文化財が地域の観光や教育、地域理解の促進に資する可能性は大きい。ある地域に残された文化財は、その土地で何が起き、どのような人々が暮らし、何を築いてきたのかを伝える具体的な証拠である。とりわけ、現地でしか得られない実感や、地域の歴史と風土を結びつけて理解できる体験は、一般的な観光資源とは異なる深さを持つ。文化財の背景にある歴史、技術、信仰、生活文化をどう伝えるかという視点は、地域振興においても重要であり、本事業がそうした方向を後押ししようとしていることには意味がある。
ただし、ここで一つ確認しておきたいことがある。文化財の活用が具体化すればするほど、その前提となる保管と管理の重要性が、これまで以上に明確になるという点である。

1.文化庁が進める「文化財活用推進事業」とは
本事業の特徴は、文化財の価値を単に「見せる」だけでなく、「体験として構成し、継続的に社会へ届ける」ことにある。募集要領には、文化財の成り立ちや、その文化や自然がなぜその場所で生まれたのか、人々がどのように守ってきたのかを理解しながら楽しめる体験の造成が示されている。これは、単発のイベントを実施するだけでなく、文化財の意味を解釈し、わかりやすく伝え、継続可能な仕組みとして整えていくことが求められているということである。
この方向性自体は、近年の文化財政策の流れとも整合している。文化財は、かつては保護と保存に重点が置かれがちであったが、現在では「保存しながら活用する」という考え方が広く共有されている。とくに国指定文化財等は、地域のシンボルとしての役割や、交流人口の創出、地域への理解促進といった点でも注目されており、活用を通じて文化財に対する社会的支持を広げていくことは、今後ますます重要になると考えられる。文化財の価値を理解し、支える人を増やすことは、結果として保存の基盤を強めることにもつながる。
一方で、このような施策が進むとき、対象となる文化財が常に「活用できる状態」にあるとは限らない。むしろ、活用が具体化することで、ふだんは見えにくかった管理上の課題が表面化することも少なくない。活用を進めることと、活用に耐えうる基盤を整えることは、本来、同時に考えられるべき課題なのである。
2.活用が進むことで見えてくる、保管の重要性
文化財を活用するとは、言い換えれば、必要なときに必要な資料を、必要な条件で取り出し、説明し、提供できる状態にしておくことである。展示であれ、貸出しであれ、教育普及であれ、体験型事業であれ、その前提にあるのは、所在が把握され、基本情報が整理され、状態が確認できることである。
たとえば、活用の現場では、「この資料はどこにあるのか」「現物確認は可能か」「写真はあるか」「寸法や材質は把握できているか」「貸出しや展示に耐えうる保存状態か」といった問いに、短期間で答える必要が生じる。ところが、所在情報が曖昧であったり、台帳と現物の照合が十分でなかったり、写真記録が整っていなかったりすると、活用の企画そのものが止まってしまう。文化財を“使う”ためには、まず文化財を“把握できている”必要がある。
この点は、埋蔵文化財や未指定文化財において、より切実である。文化庁の資料でも、埋蔵文化財をめぐる制度や運用上の課題が継続的に整理されており、全国的に広大な対象を抱えるなかで、現状保存、記録保存、整理・保管、制度運用の見直しが論点となっている。文化審議会の第一次報告書では、全国に47万か所以上の周知の埋蔵文化財包蔵地があること、すべてを現状保存することは現実的ではないこと、そのうえで適切な保護の方策を改めて検討する必要があることが示されている。こうした議論は、発掘調査後に増え続ける資料の整理・保管・継承のあり方とも無関係ではない。
つまり、活用が進むほど、保管の問題は裏方の話ではなくなる。保管は、活用の前段階にある補助業務ではなく、活用そのものを成立させる土台である。ここを後回しにすると、活用の機会が増えるほど、現場はむしろ応答しにくくなる。活用推進の議論は、保管基盤の議論と切り離しては成り立たない。
3.現場の担当者が直面している現実
自治体の文化財担当者の多くは、文化財を地域に開きたいと考えている。地域の子どもたちに知ってもらいたい、市民にもっと身近に感じてもらいたい、来訪者に地域の歴史を伝えたい。その思い自体は決して弱くない。
しかしその一方で、現場には、それと同じくらい現実的で重い日常業務がある。文化財の所在確認、台帳整備、写真管理、保存環境の確認、問い合わせ対応、資料の出し入れ、発掘調査後の整理、収納場所の確保、担当者交代時の引継ぎ。こうした業務は、一つひとつは地味であっても、止めることのできない基盤業務である。しかも、行政組織では担当者の異動が避けられず、数年ごとに知識や経緯の引継ぎが必要となる。台帳が存在していても、分類の意図や収納経緯、過去の整理方針まで十分に伝わっていなければ、次の担当者は結局、所在確認や再整理から始めざるを得ないこともある。
このとき、活用が進まない理由を、担当者個人の意欲の問題に還元するのは適切ではない。活用したいが手が回らない、企画に応じたいが資料をすぐに出せない、貸し出したいが状態や記録の確認に時間がかかる。こうした状況は、個人の姿勢ではなく、構造的な課題として理解されるべきである。
とくに埋蔵文化財の分野では、発掘調査に伴って毎年新たな資料が加わる。調査が継続する限り、保管対象は増え続ける。一方で、保管スペース、人員、整理時間は無限ではない。結果として、活用以前に、資料を適切に管理し続けるための基盤整備そのものが追いつかないという状況が生まれる。現場が抱える負担は、決して例外的なものではなく、多くの自治体に共通する現実である。だからこそ、活用の議論と並行して、所在確認、台帳整備、写真記録、引継ぎ可能な管理体制をどのように整えていくかは、各自治体の担当者にとって実務上の重要課題となっている。
4.活用推進と保管整備を両輪で進めるために
ここで必要なのは、「活用か、保管か」という二者択一ではない。むしろ、活用を進めるなら、その分だけ保管整備も前に進めるという発想である。両者は競合するものではなく、相互に支え合う関係にある。
国指定等文化財を対象とした活用推進事業が充実することは重要である。しかし、それだけでは文化財全体の基盤強化にはつながりにくい。未指定文化財や埋蔵文化財、あるいは地域の収蔵施設に眠る資料群について、所在管理や台帳整備、写真記録、取り出しやすい収納方法、引継ぎ可能なデータ整備が進まなければ、活用可能な文化財の裾野は広がらない。
文化財を「活用できる状態」に近づけること自体が、すでに重要な文化財施策の一つである。派手なイベントや体験プログラムだけが活用ではない。必要な資料を適切に把握し、保存し、必要な時に社会へ開けるようにしておくこともまた、活用を支える実務である。今後は、活用推進施策と並行して、こうした基盤整備をどのように位置付け、支えていくかが問われる。
その意味で、文化財活用推進事業の公募は、単に「見せる文化財」を増やすための制度ではなく、「社会に開くことのできる文化財の基盤」をどこまで整えられるかという議論を促す契機にもなり得る。活用の拡大は、そのまま管理体制の再点検を促す。その両方を視野に入れた議論が、今後ますます必要になる。
5.活用を支える連携体制をどう築くか
こうした基盤整備を考えるとき、論点になるのは自治体内部の体制整備だけではない。限られた人員と予算のなかで、どの業務を内部で担い、どの部分で外部の専門的知見を生かすかという、役割分担の設計も重要になる。
ここでいう外部連携とは、自治体の役割を弱めることではない。むしろ、行政が本来担うべき判断、方針決定、地域との調整、文化財行政としての責任を維持したうえで、整理、保管、台帳整備、写真管理、データ整備といった実務を、どのように継続可能な形で支えるかという問題である。文化財行政の中心はあくまで行政にある。その前提を崩さずに、現場の負担を分散し、継続性を高める方法を考えることは、きわめて現実的な課題である。
実際、文化財の整理や管理には、継続的な作業体制、記録の統一、現物と情報の照合、出し入れを見越した収納設計など、専門的かつ地道な知見が必要となる。こうした実務は、短期的な応援や一時的な人員配置だけでは安定しにくい。内部体制の充実とあわせて、外部の知見を適切に位置付けることは、今後の選択肢の一つとして十分に検討に値する。
特定非営利活動法人文化財保管活用支援機構(CPSUS)は、文化財の整理、保管、台帳整備、写真・所在情報の整理、活用に向けた管理基盤づくりといった、文化財を社会に開く前提となる実務に着目してきた。文化財を活用するためには、まずその前提となる管理基盤が整っている必要があるという考え方である。活用施策が広がる今こそ、現場で蓄積されてきた保管と整理の知見を、活用の議論と接続していく必要がある。
6.活用を持続させるために
文化財活用推進事業の公募は、文化財の価値を社会に伝えるための具体的な施策の一つである。文化財を地域の内側だけにとどめず、学びや体験を通じて社会に開いていくことは、今後ますます重要になるであろう。
その一方で、活用を持続的なものにするためには、保管と管理の基盤を整える視点が欠かせない。どこに何があり、どのような状態で、どのように取り出せるのか。そうした基盤が整ってはじめて、活用は安定した実務として成立する。活用推進が進むほど、保管整備の重要性はむしろ高まる。
文化財行政のこれからを考えるうえで必要なのは、活用を進めることそのものと、活用を支える基盤をどう整えるかを、同じ地平で議論することである。保存と活用の両立が制度上の理念であるならば、保管と活用もまた、実務上の両輪として扱われるべきである。
CPSUSは、文化財を社会に開くための基盤を、現場の実務から支える立場にある。文化財の活用を持続させるためには、役割を分担しながら、現場に合った形を整えていくことが重要である。その具体的なあり方について、引き続き考えていきたい。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
参考資料
文化庁「令和8年度 全国各地の魅力的な文化財活用推進事業」
文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
文化庁「出土品の保管について(報告)」
文化庁「出土品の保管について(報告)<概要版>」
文化庁「出土品の取り扱いについて(報告)」
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2026年3月31日、文部科学省は「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」を全部改正し、同日施行した。今回の改正では、博物館資料の管理の在り方を検討する際の選択肢として、「交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等」が条文上に明記された。一方で、文化庁は同時に、博物館資料は後代の国民に継承すべき貴重な財産であることを目的規定に書き込み、廃棄については「他の手段を検討した上でなおやむを得ないと認められるときに慎重に行う」とした。つまり、今回の改正は単純に「廃棄を認めた」と読むべきものではなく、継承を原則としつつ、その例外に手続上の条件を課した制度改正として理解する必要がある。
だが、このニュースが現場に与える衝撃は小さくない。「廃棄」という言葉はそれ自体が強く、見出しになった瞬間に、「ついに国が処分を認めたのか」という印象を与えやすいからである。しかも今回は、単なる発言や報道ではなく、博物館法第8条に基づき文部科学大臣が定める「望ましい基準」に、その文言が入った。だからこそ、この改正を感情的な賛否に流さず、制度として何が変わり、何がまだ変わっていないのかを丁寧に読む必要がある。
CPSUSとしてこの問題を考えるとき、論点は「廃棄に賛成か反対か」では終わらない。むしろ先に問うべきなのは、資料を残すにしても、移すにしても、返すにしても、あるいは例外的に手放すにしても、その判断を支えるだけの管理基盤が整っているのか、ということである。今回の改正は、博物館資料の廃棄の可否よりも先に、日本の博物館と文化財行政が抱えてきた「把握できないまま抱え込む」という構造を、改めて浮かび上がらせた。
「望ましい基準」で、実際に何が書き換えられたのか
今回の全部改正で注目されたのは、第6条第2項の資料管理に関する部分である。文化庁が公表した通知とFAQによれば、博物館は、資料の将来的な整備および発展的活用に向け、収集・管理方針を踏まえた上で、再評価に基づく交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等を含めた管理の在り方について検討するよう努めるものとされた。そして、その検討に当たっては、多様な関係者の意見を聴くこと、手続の透明性を確保すること、長期的かつ総合的な見地から行うことが求められている。さらに、廃棄については、他の手段を検討した上で、なおやむを得ないと認められるときに慎重に行う、と明記された。
ここで重要なのは、「廃棄」だけが独立して強調されているわけではないという点である。条文上は、交換、譲渡、貸与、返却と並ぶ一つの選択肢として置かれている。文化庁のFAQでも、「廃棄」の文言を削除しなかった理由として、実態として廃棄せざるを得ない場合があり得る以上、その手続上の歯止めを基準に書き込む必要があったと説明している。つまり制度の立て付けとしては、「廃棄を促す」よりも、「廃棄を含む判断をルールの外に置かない」ことに重点がある。
同時に、今回の改正は継承の原則も前面に出している。文化庁通知では、目的規定に、博物館資料が「わが国と郷土の歴史、文化等の正しい理解に必要な貴重な財産」であり、「後代の国民に継承することが将来の文化の向上発展の基礎をなす」ことを追記した。また第6条第1項にも、博物館資料をできる限り良好かつ安全な状態で将来の世代に継承することが重要であると明記された。したがって、今回の改正を「保存より廃棄へ方針転換した」と読むのは正確ではない。むしろ、継承の原則を確認した上で、その継承を支える管理の現実に踏み込んだ改正と見るべきである。
なぜ今、「廃棄」が基準に入るところまで来たのか
この改正の背景にあるのは、全国の博物館で深刻化している収蔵管理の逼迫である。日本博物館協会が2026年3月に公表した「令和6年度 日本の博物館総合調査 調査結果の概要(速報版)」によれば、本館施設の収蔵庫について、「9割以上(ほぼ満杯)」が39.3%、「収蔵庫に入りきらない資料がある」が24.4%で、合計63.7%に達した。さらに、7割以上収蔵している館まで含めれば全体の8割を超える。収蔵スペースの余裕がある館の方がむしろ少数派になっている。
しかも、この問題は一時的な現象ではない。国立国会図書館調査及び立法考査局のIssue Brief「博物館の収蔵管理の現状と課題」でも、日本博物館協会の2019年度調査に基づき、「9割以上ほぼ満杯」または「入りきらない資料がある」とした館が57.2%に上っていたことが紹介されている。そこから2026年速報では63.7%にまで増えている以上、収蔵管理の逼迫は改善していないどころか、さらに深まっていると見るのが自然である。
外部収蔵の余地も十分ではない。2026年速報版では、外部の収蔵場所を持つ館は32.8%にとどまる。言い換えれば、3館に2館以上は、本館以外に十分な逃げ場を持たないまま、増え続ける資料を抱えていることになる。収蔵庫の増設には、用地、建設費、維持管理費、人員の確保が必要だが、そのいずれも容易ではない。だからこそ、「入りきらない」という現実が、単なる物理的問題ではなく、資料管理方針の問題として表面化してきた。
さらに重要なのは、この問題の核心が「場所が足りない」だけではないことだ。国立国会図書館のIssue Briefでは、財源不足や建物の老朽化だけでなく、収蔵管理規定やコレクションポリシーの未整備、長期的見通しに立った収蔵管理の不足が課題として整理されている。資料の収集、登録、保存、活用、除籍に関する方針が明文化されていないまま、結果として資料だけが増え続ける。その状態が続けば、いずれ現場は「何をどう抱え続けるのか」を判断せざるを得なくなる。今回「廃棄」が基準に書かれたのは、その議論が制度の外では済まなくなったからだと言える。
問題は「廃棄か保存か」ではなく、判断できる状態にないことである
この論点でありがちなのは、「廃棄反対」と「現実対応」の二項対立に落ちることである。しかし、今回本当に深刻なのは、そのどちらの立場を取るにしても、多くの館が十分に判断できる状態にないことである。どの資料がどこにあり、どのような来歴を持ち、どの資料群と関係し、どの程度整理・記録が進んでいるかが把握できていなければ、保存の判断も、移管の判断も、返却の判断も、まして廃棄の判断も成り立たない。
この点は、文化庁が今回の改正で「再評価に基づく」管理の在り方を求めていることとも関係する。再評価とは、単に要るか要らないかを決める作業ではない。その資料が、どのような資料群の中でどんな意味を持つのか、他館や地域全体の収蔵状況とどう関わるのか、どのような保管や活用の可能性があるのかを見直す作業である。再評価に必要なのは価値判断のセンスだけではなく、その前提となる資料情報の整備である。情報が見えていなければ、再評価はできない。
現場が懸念したのも、まさにこの点だったと考えられる。文化庁が公表したパブリックコメントの結果では、意見総数は359件に上った。e-Govの結果公示でも、提出意見を踏まえて案に修正が加えられたことが示されている。関心がこれだけ集中した背景には、単に「廃棄」という語への心理的抵抗だけでなく、条件整備が不十分なまま制度文言だけが先行することへの不安があったと見るのが自然である。
国立国会図書館のIssue Briefでも、金山喜昭氏らのアンケート調査に基づき、収蔵資料の処分を行ったことがない館が60.2%である一方、処分しない、あるいはできない理由として93.0%の館が「収蔵資料の処分に関する規定がない」と回答したことが紹介されている。これは裏返せば、実務規程が未整備なままでは、現場は処分にも踏み出せないし、逆に言えば、規程がないまま処分が行われれば、説明責任も検証可能性も危うくなるということである。今回の改正が本当に突きつけているのは、廃棄の是非ではなく、判断を支えるルールと記録の弱さである。
廃棄の前に必要なのは、「把握」と「再評価」である
CPSUSの立場から言えば、今回の問題に対して最初に必要なのは、廃棄の可否を語ることではない。先に必要なのは、資料の所在、台帳、状態、来歴、資料群の関係、そして検討履歴を把握できる状態をつくることである。何があるか、どこにあるか、どの記録と結びついているか、誰が確認できるか。この基盤がなければ、交換、譲渡、貸与、返却といった他の選択肢を検討することすらできない。
今回の「望ましい基準」が求めているのも、実はそうした基盤なしには機能しない。文化庁通知では、第6条第1項で、保管施設・設備の長期的見通しに立ち、所蔵資料だけでなく、館外に所在する資料の状況も踏まえるよう努めるとされている。これは、目の前の収蔵庫だけ見て判断するのではなく、資料の全体像を把握しながら中長期で管理を考えるべきだということである。つまり、基準の条文は抽象的だが、その実務的前提はかなり具体的で、情報の可視化なしには成り立たない。
この点は、埋蔵文化財や考古資料の分野ではなおさら重い。これらの資料は、一点一点の美術品とは異なり、調査や出土状況、共伴関係、図面、写真、整理記録との関係の中で価値が立ち上がることが多い。数が多いからといって単純に余剰と見なすことはできないし、未整理だからといって価値が低いとも限らない。むしろ、整理と記録が不足している資料ほど意味が見えにくく、議論の中で不利になりやすい。だからこそ、「把握されていないものは、適切な再評価の俎上にも載らない」という逆説を直視する必要がある。
「慎重に」だけでは足りない。必要なのは、追える手続である
今回の改正で文化庁は、廃棄を含む管理の在り方の検討に当たり、多様な関係者の意見を聴き、手続の透明性を確保することを求めた。これは方向としては妥当である。だが実務上は、「慎重に」「透明性を確保して」と書かれただけでは、現場はまだ動けない。誰が関与するのか、どの段階で検討するのか、記録をどう残すのか、最終判断の責任はどこにあるのか。そこまで落ちて初めて、透明性は理念ではなく手続になる。
本来、透明性とは、単に会議を開くことではない。判断の前提となった資料リスト、再評価の観点、代替手段の検討経過、外部意見の内容、最終判断の理由、それらが後から追える状態で残ることである。特に公共的性格の強い博物館資料では、「なぜ残したか」と同じくらい、「なぜ残さなかったか」が後から検証可能でなければならない。今回の改正はそこまで詳細には書いていないが、逆に言えば、そこをどう整えるかは今後の各館、各自治体、関係機関の課題として残されている。
国立国会図書館のIssue Briefでも、ICOMの職業倫理規程などを踏まえ、収蔵品からの恒久的除去には、方針の整備、法的地位や意義の確認、完全な記録の保存などが前提になることが整理されている。つまり国際的に見ても、除籍や廃棄は「困ったら行う処理」ではなく、公共的信頼を損なわないための厳格な統治行為である。今回の「望ましい基準」も、本来はその入り口に立ったにすぎない。
今回の改正が本当に問いかけていること
今回のニュースを受けて、「ついに廃棄が制度化された」とだけ捉えると、本質を見誤る。今回、制度に書き込まれたのは、廃棄それ自体というより、廃棄が議論されざるを得ないところまで、収蔵管理の問題が進んでいるという現実である。収蔵庫は逼迫し、外部収蔵の余地は限られ、方針整備はなお十分ではなく、しかも資料は増え続ける。その中で、「どう残すか」の議論が「何を、どの条件で抱え続けるのか」という管理の議論に変わってきた。
CPSUSとして強調したいのは、廃棄の賛否に先立って、資料を判断可能な状態にすることの重要性である。残すためにも、移すためにも、返すためにも、例外的に手放すためにも、まず必要なのは把握であり、記録であり、再評価であり、追える手続である。そこを整えないまま「廃棄」だけが独り歩きすれば、残すべきものを失うだけでなく、判断そのものが継承されない。
今回の「望ましい基準」は、廃棄の是非について最終的な答えを示したものではない。むしろ、文化財や博物館資料を次世代にどう引き継ぐのかという問いを、収蔵管理の実務まで引き寄せて突きつけたものだといえる。見えにくい資料ほど、見えにくいままでは守れない。だからこそ今、本当に先に問うべきなのは、「廃棄してよいか」ではなく、「私たちは、判断に耐えるだけの管理を整えてきたか」である。
参考資料
文化庁 博物館の設置及び運営上の望ましい基準の全部を改正する告示(令和8年文部科学省告示第69号)について
文化庁 「博物館の設置及び運営上の望ましい基準の全部を改正する告示」の公布について(通知)
公益財団法人日本博物館協会 令和6年度 日本の博物館総合調査 調査結果の概要(速報版)
国立国会図書館 Issue Brief 博物館の収蔵管理の現状と課題
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開発事業で埋蔵文化財を守るために必要なこと 鎌倉市の事例から考える確認体制と情報共有

2026年2月、鎌倉市は、深沢地区土地区画整理事業用地内で確認されていた埋蔵文化財の一部を、地中埋設物等の調査の際に毀損していたと公表した。対象は竪穴住居址や土坑など7遺構である。市は、令和5年度の試掘確認調査で把握していた範囲と、令和6年度の掘削予定範囲との確認が十分でなかったことに加え、現地には草が繁茂しており、試掘確認調査範囲であることに気づかなかったとしている。
この事案が示しているのは、埋蔵文化財は「見つかっていれば守られる」わけではないということである。文化財の存在が把握されていても、その情報が事業計画、図面、現地確認、工事の進め方に反映されていなければ、実際の保護にはつながらない。埋蔵文化財の保護は、発見の段階だけで完結する仕事ではなく、その後の確認と共有まで含めて成り立つものである。
鎌倉市で何が起きたのか
鎌倉市の公表によれば、問題が起きたのは陣出遺跡である。令和5年度に試掘確認調査を行い、遺構を確認したうえで埋め戻していたが、その後、令和6年度に市が行った地中埋設物等調査の際に、遺構の一部を掘削し、毀損していたことが判明した。判明のきっかけは、令和7年8月下旬に、発掘調査の受注者から、試掘確認調査で確認していた遺構の一部が毀損されているとの連絡を受けたことであった。
ここで重要なのは、遺跡が未知だったのではなく、すでに確認されていたという点である。問題は「知らなかった」ことではなく、「分かっていた情報が、その後の調査や掘削の判断に十分生かされていなかった」ことにある。文化財事故の怖さは、何も分かっていない状態だけで起きるのではない。むしろ、どこかでは把握されていた情報が、必要な相手に必要な形で伝わっていないときに起きやすい。
問題はなぜ起きたのか
鎌倉市は、試掘確認調査範囲と掘削予定範囲の重ね合わせが適切に行われなかったことを原因として示している。加えて、現地には草が繁茂していたため、当該箇所が試掘確認調査範囲であることに気づかなかったとしている。これを見ると、本件は単なる庁内の情報共有不足だけでなく、現地確認のあり方にも課題があったと考えるべきである。
つまり、本件には少なくとも二つの問題があった。ひとつは、図面や記録の段階で、試掘済み範囲と掘削予定範囲を十分に照らし合わせていなかったことである。もうひとつは、現地で見て分かる状態、あるいは掘削前に必ず確認すべき手順が、十分に機能していなかった可能性である。公式発表は、杭や表示の有無までは述べていないため断定はできないが、「草が生い茂っていて気づかなかった」という事実は、図面上の整理だけでは足りず、現地で確認できる仕組みも必要であることを示している。
埋蔵文化財対応は本来いつ行うべきか
文化庁は、周知の埋蔵文化財包蔵地で土木工事などを行う場合、事前に教育委員会へ届出を行い、必要に応じて発掘調査による記録保存などの措置を講じるとしている。全国には約46万か所の周知の埋蔵文化財包蔵地があり、毎年約9千件の発掘調査が行われている。埋蔵文化財への対応は、例外的な出来事ではなく、多くの開発や工事に関わる前提条件の一つである。
また、文化庁の1998年通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」は、埋蔵文化財保護に関する調整や発掘調査その他の措置について、事業者その他関係者に対し、保護の趣旨を十分説明し、その理解と協力を基本として進めることを求めている。さらに、各地方公共団体においては、教育委員会以外の関係部局との連絡・協調のもとで埋蔵文化財行政を進めることが前提とされている。制度はもともと、文化財担当者だけで完結する運用を想定していないのである。
計画段階の確認が重要な理由
文化庁の「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)」は、埋蔵文化財保護の第一歩は、包蔵地の存在や内容等を適切に把握し、それを周知することだとしている。そのうえで、内容確認のための調査が、開発事業計画が具体化してから行われる場合も多く、情報把握が遅れると、調査費用の増加や工期への影響が大きくなると指摘している。逆に、十分な情報が早い段階で得られれば、構想や計画の段階で回避や調整を行いやすくなる。
これは、開発事業者にとって非常に実務的な問題である。埋蔵文化財は、しばしば「後から出てきて工事を止めるもの」と受け取られがちだが、本当の問題は、必要な確認を後回しにした結果、設計や工程が固まったあとで重い調整を迫られることである。文化財担当者にとっても同じで、遺跡の重要性を内部で理解しているだけでは足りない。事業者や設計者が、早い段階で判断に使える形で情報を受け取れるようにしなければならない。
工事の現場で必要になる情報とは何か
工事や調査の現場で本当に必要なのは、「文化財は大切である」という一般論ではない。どこに、どの範囲で、どの深さに関係があり、どの段階で何を確認し、どのくらいの期間や協議が必要になるのかという具体的な情報である。文化財に関する情報が、現地案内図、配置図、掘削範囲、工程表などと結びついていなければ、現場では十分に使えない。
国土交通省の「施工条件明示について」は、工事着手前に地下埋設物や埋蔵文化財等の事前調査を必要とする場合、その項目と調査期間を設計図書に明示することを求めている。さらに関東地方整備局の「土木工事条件明示の手引き(案)」でも、埋蔵文化財の発掘調査が必要な場合は、その状況、場所、管理者、事前調査・移設の期間を明示することが示されている。埋蔵文化財は、本来、工事の前提条件として整理されるべきものである。
文化財担当者に求められる説明
文化財担当者に求められるのは、「文化財保護法上必要だから」という説明だけではない。文化庁通知が示すように、事業者その他関係者に対して、埋蔵文化財保護の趣旨を十分説明し、理解と協力を得ながら進めることが必要である。つまり文化財側には、相手の実務に通じる形で説明する責任がある。
文化財の世界では、「遺構」「包蔵地」「試掘確認」「記録保存」といった用語が当然のように使われる。しかし、開発事業者や設計・施工担当者にとって重要なのは、それがどこにあり、どの工事に影響し、どの時点で何を確認しなければならないかである。文化財情報がその形で伝わらなければ、文化財は「重要ではあるが、実務では扱いにくいもの」として受け取られやすい。開発と保護を両立させるには、文化財側の説明も、実務に届く言葉と資料で行われる必要がある。
再発防止に必要なこと
再発防止を、担当者の注意力だけに求めてはならない。必要なのは、試掘確認調査で得られた情報を、文化財担当部署の内部資料にとどめず、事業担当、設計担当、工事担当、必要に応じて受注者まで共有できる形で整理することである。さらに、現地での識別や掘削前確認の手順を明確にし、「誰が」「何を」「どの資料で」確認するのかを決めておく必要がある。今回の鎌倉市の事例が示したのは、確認されていた情報も、現場で生かされなければ事故は防げないということである。
加えて、確認の時期も重要である。文化財の有無や必要な対応を、着工直前の最終確認で初めて重く扱うのでは遅い。用地取得、基本設計、事業計画の段階で、あらかじめ確認しておく必要がある。文化庁の第一次報告書が示すように、早く分かれば調整の余地は広がるが、遅れれば遅れるほど、文化財保護と事業進行の双方に大きな負担がかかるからである。
開発と文化財保護を両立させるために
ここで、開発事業者にも文化財担当者にも、もう一段考えてほしいことがある。埋蔵文化財への対応は、見つける、記録する、整理する、保管する、必要に応じて活用へつなげる、という複数の作業から成り立っている。しかし現実には、自治体内部だけでそのすべてを安定して担うことは容易ではない。文化庁の第一次報告書も、埋蔵文化財包蔵地の把握や調査体制には地域差があり、十分な把握が進んでいない場合があることを課題として示している。
だからこそ、これから必要になるのは、「行政が自前で抱え込むか、何もしないか」の二択ではない。記録整理、保管、情報管理の一部は、民間の専門者を活用する体制を前提に考えるべきである。試掘・確認後の記録整理、箱単位・ロット単位の管理、保管先の整備、将来の調査や展示に耐える形での情報整理は、行政にとっても、開発事業者にとっても、後回しにするほど負担が大きくなる。こうした部分を専門性のある民間に委ねることは、文化財保護の質を下げることではなく、むしろ実務を安定させる方法である。開発事業者にとってはリスク管理であり、文化財担当者にとっては限られた体制を補う手段でもある。
鎌倉市の事例が示したのは、埋蔵文化財は「知っていれば守れる」わけではないということである。必要なのは、知っていることではなく、分かる形で共有されていること、記録があることではなく、現場で確認できること、届出を出したことではなく、その後の設計、工事、整理、保管まで見通して手当てされていることである。開発と文化財保護を両立させるには、その一連の流れを、実務として組み立て直さなければならない。
参考資料
朝日新聞
「埋蔵文化財、重機で損壊 区画整理事業で情報共有されず 鎌倉市」2026年2月7日
神奈川新聞
「遺跡破壊問題で鎌倉市、市議会で謝罪 『確認作業を怠り、安易に進めてしまった』」2026年2月26日
鎌倉市「深沢地区土地区画整理事業用地における埋蔵文化財(遺構)の毀損について」2026年2月5日。
文化庁「埋蔵文化財」
文化庁「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)」2022年7月22日
国土交通省「施工条件明示について」
関東地方整備局「土木工事条件明示の手引き(案)」
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文化財の「廃棄」
日本では、文化財の「廃棄」は長く正面から語られにくいテーマだった。
しかし今、収蔵庫不足、出土品の増加、整理の遅れという現実のなかで、「文化財廃棄問題」は避けて通れない論点として浮上しつつある。
ただし、最初に確認しておきたい。
この問題の本質は、単純な「捨てる・捨てない」の二択ではない。
本当に問われているのは、増え続ける文化財を、どのような基準と手続、記録のもとで整理し、分類し、保管していくのかということだ。
実際、文化庁の近年の博物館関係資料では、収蔵庫不足や資料収集ができないという課題を抱える博物館が約7割にのぼるとされ、その多くが基礎自治体の公立館だと説明されている。さらに、近年の博物館制度見直しの議論では、「博物館資料の再評価に基づく交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等を含めた資料管理」が公的な議論の俎上に上がり、廃棄をめぐる問題が可視化されつつある。
日本で先に深刻化したのは「廃棄」ではなく「保存と管理の限界」
ここで整理しておきたいのは、日本で先に深刻化したのは、あくまで「収蔵庫不足」と「資料増加」の問題であって、最初から「廃棄」を中心に制度が組まれてきたわけではないということだ。
文化庁の「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」や関連報告では、埋蔵文化財行政をめぐる課題として、出土品の増加、整理作業の負担、保管施設の問題が繰り返し示されている。
つまり、日本の文化財政策が直面してきた主問題は、まず保存と管理の限界なのである。
数字で見る出土文化財の増加と収蔵の逼迫
この点は、数字で見るとさらに重い。
文化庁の「出土品の取扱いについて(報告)」では、平成7年3月現在で、地方公共団体に保管されている出土品は約459万箱とされ、平成2年度から6年度までは年間約30万箱ずつ増加していると整理されている。さらに同報告では、恒常的保管施設にあるのは約47%、暫定的施設が約53%で、そのうち相当数が軽量プレハブやテント等の簡便な施設に置かれていたことも示されている。
その後も問題は改善どころか累積していく。
文化庁の「出土品の保管について(報告)」では、平成15年時点の全国の保管量は6,666,151箱と整理されている。そしてさらに近年の文化庁予算資料では、全国の出土品総数はコンテナで880万箱にのぼり、保管問題が深刻化していると明記されている。
これは単なる印象論ではなく、国の資料が「増え続けている」と認識しているということだ。

全国統一の詳細基準はあるのか
では、この膨大な資料は、誰がどう判断しているのか。
ここで重要なのが、「全国一律の細かな実務基準が前面に出ているわけではない」という制度の構造だ。
文化庁の埋蔵文化財ページでは、周知の埋蔵文化財包蔵地に関する取扱い方法は、都道府県・政令指定都市等の教育委員会が決めるとされている。また、文化庁の過去報告群は、出土品の取扱いについて報告や通知を出しているが、実務では都道府県・自治体ごとの基準整備が進められてきたことが確認できる。
つまり、「全国的に統一された基準があるのか」という問いに対しては、少なくとも今回確認できた公的資料の範囲では、文化庁が大枠を示し、各地域が具体的に運用する構造が前面に出ている、というのが最も正確だ。
これは、「担当者の価値観だけで決まる」とまでは断言できない。
実際、県レベルでは文書化された基準があるからだ。
だが逆に言えば、地域ごとの差が入り込む余地が大きいことも否定できない。

自治体ごとの選別基準はどのように作られているのか
福島県・新潟県・長野県の基準に見えるもの
実例を見てみよう。
福島県の「出土品の取扱い基準」は、平成9年の文化庁次長通知に基づき定められたもので、出土品を「将来にわたり保存を要し、活用の可能性のあるものか等の視点」から分類するとしている。
新潟県の基準も同じく平成9年通知に基づき、「保存し、活用を図る必要性・可能性」の観点から区分する仕組みを採っている。
長野県も、出土品の取扱いを基準に基づいて行うこと、取扱いを決める時期は発掘時・整理時・それ以降の適切な時期とすること、さらに「保管しない」とした出土品についても展示・復元・遺跡の特徴づけ・報告書掲載等の場合は保管を考慮することが望ましいとしている。
ここで見落としてはならないのは、これらの基準がいずれも、「選別そのものを否定していない」一方で、同時に慎重な手続や保存・活用可能性の判断を求めていることだ。
つまり現場では、「全部一律保存」でもなければ、「不要だからすぐ廃棄」でもない。
保存原則を前提にしながら、どこまでを、どのような記録と根拠のもとに残すのかが問われている。
新潟県の基準が示す現実
特に新潟県の基準は、この現実をかなり具体的に映している。
新潟県は、発掘調査等による出土品の効率的で適正な取扱いを図るための標準的基準を定めたうえで、同種類・規格性のあるものが大量に出た場合など、必要な記録を前提に一定量保管という発想を採っている。
ここから読み取れるのは、すでに現場では「何をどう残すか」が避けられない実務になっているということだ。
なぜ文化財の廃棄はこれほど扱いづらいのか
では、なぜこのテーマがここまで扱いづらいのか。
それは、文化財が本質的に再現不能な一次資料だからだ。
埋蔵文化財は、一度掘れば元に戻らない。
現場を掘削するという行為そのものが不可逆であり、出土した遺物は記録保存とあわせて、将来の研究や展示、地域の記憶を支える実物資料になる。
だからこそ、日本の制度は長く「保存」を中心にしてきたし、長野県の基準でも「保管しない」としたものにすら再考の余地が残されている。
保存原則だけでは現実は回らない
しかし、保存原則だけでは現実は回らない。
文化庁の2025年「博物館の収集方針に関する調査研究」では、すでに各館で、収蔵庫がほぼ満杯、廃校利用や展示スペース転用による応急対応、正規収蔵庫以外での分散保管、受入れ段階からの厳格な選別などが行われていると記されている。しかも報告書は、それでも根本的解決には至っていないとする。
収蔵庫不足は、将来の懸念ではなく、現在進行形の運営問題である。
さらに、自治体レベルでは収蔵そのものが独立した行政課題になっている。
たとえば岐阜県の「文化財保護センター収蔵庫再整備事業費」資料では、保管している埋蔵文化財が地方公共団体の任務として適切保存を要するものであり、代替施設確保のための調査を行うと説明されている。
これは、収蔵庫不足が単に学芸員や研究者の悩みではなく、行政財政上のテーマになっていることを示す。
海外では「廃棄」ではなく「責任ある管理」として議論されている
ここまでくると、「文化財廃棄問題」を単純な賛成・反対で語ることが危険だとわかる。
本当に問うべきなのは、捨てるか、捨てないかではない。
問うべきなのは、どのような基準と記録と手続のもとで、資料を整理し、分類し、管理するのかである。
海外では、この論点は「deaccession(除籍・除去)」として、もう少し制度化されている。
ICOMは deaccessioning を「博物館コレクションから法的に適正に資料を除く行為」と定義し、法律が許す場合でも理由や手順、倫理性が必要だとしている。
イギリスのMuseums Associationも、処分対象資料について学芸的レビュー、公的機関への提供、透明な手続などを求めている。
アメリカのAAMも、法的制約がなく、館の方針と分野共通の倫理原則に従う場合に限って、deaccessioning は論理的かつ責任ある実務になりうるとしている。
つまり海外では、「廃棄そのもの」ではなく、「透明で責任あるコレクション管理」の文脈で議論されている。
日本でも避けられない議論になりつつある
日本でも今後、こうした議論は避けられないだろう。
実際、文化庁の博物館ワーキンググループ資料では、「交換、譲渡、貸与、返却、廃棄等を含めた博物館資料の管理の在り方」が盛り込まれる一方で、廃棄については特に慎重に行うべきこと、安易な廃棄を推奨しているわけではないことが明確化された。
これは裏を返せば、国もまた、収蔵庫問題と資料管理の現実に向き合わざるを得なくなっているということだ。
「全部保存」か「選別して捨てる」か、その二択ではない
私たちは、ここで議論を二択にしてはいけない。
「全部保存」か、「選別して捨てる」か。
その二択のあいだには、まだ大きな空白がある。
それが、整理しながら保管するという発想だ。

必要なのは「整理しながら保管する」仕組み
資料の再評価をする。
記録を整える。
写真やデータを結びつける。
箱単位・群単位・資料群単位で管理し、アクセス可能性を上げる。
どこに何があるかわからない「あるけれど使えない資料」を、「残しながら使える資料」に変えていく。
この中間地帯の整備こそ、本来先に進めるべきことではないか。
文化財は、一度失えば戻らない。
しかし、整理されず、所在も不明確で、活用もできないまま積み上がっていく状態もまた、文化財を社会から遠ざける。
だから必要なのは、感情論としての保存主義でも、拙速な処分論でもない。
必要なのは、整理・分類・記録・保管を一体で考える仕組みである。
文化財廃棄問題とは、実は「何を捨てるか」の問題ではない。
それは、「何をどう残せる社会をつくるか」という問いである。
そして、その前提となるのが、文化財の保管体制と、その費用構造である。文化財の「保管費」が行政の中でどのように位置づけられているのかについては、別稿で整理している(文化財の「保管費」はどこにあるのか)。
そしてその問いに答えるためには、文化庁、自治体、博物館、研究者、そして民間の実務者が、もっと正面からこの問題を共有する必要がある。
CPSUSとして考えること
私たちCPSUSは、文化財の保管・整理・活用支援に取り組む立場から、この問題を「廃棄の是非」ではなく、「整理・分類・記録・保管の仕組みをどう整えるか」という課題として捉えている。
文化財を捨てる前に、本当に必要なのは何か。
それは、量の問題を見える化し、基準と手続を整え、資料を使える状態に戻していくことだ。
文化財廃棄問題をめぐる議論は、今後さらに広がっていくだろう。
だからこそ私たちは、「捨てる前に整理する」「失う前に記録する」「残せる形に整える」という視点を、社会の中で共有していく必要がある。
文化財の保管について、まずは相談を
CPSUSでは、文化財の収蔵・整理・管理体制に関する相談を受け付けています。
自治体、博物館、地域団体、資料保管の現場で課題を抱えている方は、まずは現状整理の段階からでもご相談ください。
「整理しながら保管する」仕組み。
その視点から、一緒に考えていければと思います。
文化財の整理・保管でお困りの方へ
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参考資料
- 文化庁「出土品の取扱いについて(報告)」
- 文化庁「出土品の保管について(報告)」
- 文化庁「埋蔵文化財保護行政の現状と課題」
- 文化庁「博物館の収集方針に関する調査研究」
- 文化庁「パブリック・コメント(意見公募手続)を受けての修正案について」(博物館ワーキンググループ第6回資料)
- 福島県教育委員会「出土品の取扱い基準」
- 新潟県教育委員会「出土品の取扱い基準」
- 長野県「出土品の取扱いについて(別表『出土品の取扱い基準』)」
- 岐阜県「文化財保護センター収蔵庫再整備事業費」
- ICOM, Guidelines on Deaccessioning of the International Council of Museums
- Museums Association, Off the Shelf: a toolkit for ethical transfer, reuse and disposal
- American Alliance of Museums, Collections Management Policy
- American Alliance of Museums, Direct Care of Collections: Ethics, Guidelines, and Recommendations
2026年3月、読売新聞は、文化庁が国立博物館や国立美術館に対して収入に関する数値目標を設定する方針を示したと報じた。
報道によれば、展示事業費に対する自己収入割合について、最終的に65%以上とする目標が掲げられ、将来的には100%を目指す方向性が示されたという。
さらに記事では、目標を大きく下回る館については「閉館を含めた再編」の可能性にも言及された。
この報道は文化財関係者の間でも大きな反響を呼んだ。
その後、文化庁は2026年3月7日、公式サイト上でQ&A形式の説明を公表し、
「再編」については「閉館」を想定しているものではありません
と説明した。
今回の議論は、日本の博物館政策の方向性に関わる問題として注目されている。
では、この政策は実際には何を意味しているのだろうか。
本稿では、文部科学省が公表した中期目標の内容をもとに、この政策の背景と意味を整理する。

中期目標という制度
今回の議論の背景にあるのは、独立行政法人制度における中期目標である。
国立博物館や国立美術館は、
・独立行政法人 国立文化財機構
・独立行政法人 国立美術館
などの法人によって運営されている。
独立行政法人制度では、文部科学大臣が法人の運営方針を定める中期目標を策定し、それに基づいて法人が中期計画を作成し業務を行う仕組みとなっている。
2026年2月27日、文部科学省は「独立行政法人国立文化財機構 中期目標
(令和8年4月1日〜令和13年3月31日)」を策定した。
今回の議論は、この新しい中期目標の内容と関係している。
展示事業に設定された自己収入目標
今回の中期目標では、博物館の活動のうち展示事業について、次の評価指標が設定されている。
『展示事業費に対する自己収入割合』
この指標について、中期目標では
展示事業費に対する自己収入割合については、100%とすることを目指しつつ、本中期目標期間の最終年度において65%以上とする
と記載されている。
自己収入とは主に
- 入館料
- 図録販売
- ミュージアムショップ収入
- 施設利用料
などである。
つまりこの指標は、
展示事業にかかる費用を、どの程度来館者収入などで賄うことができるか
を測るものである。
日本の国立博物館の財務構造
この政策を理解するためには、日本の博物館の財務構造を確認する必要がある。
国立文化財機構の事業報告書によれば、博物館の収入は主に次のような構成になっている。
・運営費交付金
・自己収入
・受託収入
・寄付金
このうち、最大の財源は国から支給される運営費交付金である。
つまり、日本の国立博物館は基本的に税金を基盤として運営されている公共文化施設である。
そのため、展示事業に明確な収入目標を設定するという方針は、博物館の運営のあり方に変化をもたらす可能性があるとして注目されたのである。
「再編」という言葉
今回の議論の焦点の一つが
「再編」
という言葉である。
中期目標では、文化施設の運営について
社会的に求められている役割を十分に果たせていないと考えられる館については、役割分担の見直し等を検討する
といった表現が用いられている。
行政文書において「再編」という言葉は、
- 組織統合
- 機能再配置
- 役割分担の見直し
などを意味する場合が多い。
読売新聞は、この政策の解釈として閉館を含めた再編の可能性に言及した。
文化庁の説明
これに対して文化庁は、2026年3月7日に公表した説明文の中で次のように説明している。
まず、自己収入の数値目標については
『自己収入の数値目標は展示事業に対してのみ設定しています』
としたうえで、
『「再編」については「閉館」を想定しているものではありません』
と述べている。
さらに、
『各館の展示収入が4割未満となることだけをもって、すぐに再編の対象とするものではありません』
とも説明している。
つまり文化庁は、博物館の閉館政策ではないという立場を示している。
収益指標が強くなると何が起きるのか
ただし、今回の政策は博物館の活動の評価方法に変化をもたらす可能性がある。
展示事業費に対する自己収入割合という指標は、
- 入館料
- 展示関連収入
など、来館者に直接関係する収入を中心としている。この指標が強くなると、博物館の活動は自然と
- 展示企画
- 来館者サービス
- ミュージアムショップ
といった分野に重点が置かれる可能性がある。
これらは博物館にとって重要な活動である。
しかし、博物館の役割はそれだけではない。
文化財を支える基盤的な活動
博物館の活動には
- 収蔵
- 保存
- 修復
- 調査研究
といった基盤的な活動がある。
これらは文化財を未来に残すために不可欠な活動であるが、直接的な収益には結びつきにくい。
例えば、
- 収蔵庫の整備
- 保存環境の維持
- 資料の記録管理
といった活動は来館者から直接見えるものではない。
しかし、これらがなければ文化財の公開そのものが成立しない。
文化財政策には
展示という表の活動と保存・保管という裏のインフラ
の両方が存在している。
発掘調査によって増え続ける遺物
日本の文化財行政にはもう一つの特徴がある。
それは、開発事業に伴う発掘調査によって遺物が継続的に増え続けているという構造である。
文化庁の統計資料によれば、日本では毎年多数の発掘調査が行われている。発掘調査によって出土した遺物は整理、保管される。
しかし、その多くは展示されることはなく、長期的な保存管理が必要となる。
文化財行政の現場では、
- 収蔵庫不足
- 保存環境の維持
- 資料管理人員の不足
といった課題が長年指摘されてきた。
展示の収益性だけでは、このような基盤的な活動を支えることはできない。
文化財政策の転換点
今回の政策は、日本の文化財政策における一つの転換点を示している可能性がある。
これまで日本の博物館は公共文化施設として発展してきた。
しかし現在、
- 財政制約
- 観光政策
- 行政改革
といった要因の中で、文化施設の運営にも経営的な視点が求められるようになっている。
文化財を守るためには、展示の魅力を高めることと同時に、
文化財を保存する基盤をどのように支えていくのかという視点が欠かせない。
文化庁は今回の説明の中で、収入目標は展示事業に限ったものであると説明している。
しかし、文化財を未来に引き継ぐうえで不可欠な
- 収蔵
- 保存
- 修復
- 資料管理
といった基盤的な活動をどのように支えていくのかという問いは、なお残されている。
文化財政策は今、財務構造の転換という局面に差しかかっている。
博物館の展示活動が収益を生むこと自体は否定されるものではない。
しかし重要なのは、その収益が文化財を守る基盤的な活動にどのように還元されるのかという点である。入館料や物品販売などによって収益が生まれたとしても、それが文化財の保存・保管・修復といった活動に十分に充てられなければ、文化財保護の仕組みとしては持続しない。
文化財行政においては、展示という表の活動だけでなく、その背後にある保存・保管の基盤をどのように支えるのかという視点が、今後ますます重要になると考えられる。
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未指定文化財が多い、という事実が意味すること
参考資料
文部科学省
独立行政法人国立文化財機構が 達成すべき業務運営に関する目標 (第6期 中期目標)
文化庁
国立博物館・国立美術館の次期中期目標につきまして
国立文化財機構
令和5年度(2023年度)年報
文化庁
埋蔵文化財行政の現状と課題